もっと応援してあげて
「あなた、結子に何か言ってあげないの?」と、少し強めの声で言ったのは結子を送り出したあと。信一郎は新聞を畳み、コーヒーを一口飲んでから、ようやく口を開いた。
「俺たちが何か言われなくても、結子は頑張ってるだろ」
「それはそうだけど、言葉にしないと伝わらないでしょ?」
夏海の声が少し尖った。
志望校が固まってからの1年半、医学部受験という大きな試練に立ち向かう娘を、夏海は全力で支えてきた自負がある。
だが、信一郎はどうだろう。
「あなた、本当にそれでいいの?」
「別に……問題ないだろ」
「問題あるわよ! 結子の人生がかかってるのよ? あなたは父親でしょう?」
自分でも驚くほど感情的になっているのが分かったが、どうしても納得がいかなかった。
「俺たちが何をしようと、何を言おうと、受かるときは受かるし落ちるときは落ちる。それに、結子はよくやってるよ。夜遅くまで机に向かって」
「だからもっと応援してあげてって言ってるの」
「……行ってくる」
信一郎はそれ以上取り合わず、鞄を手に取って玄関へ向かった。その背中が、やけに遠く感じた。
「……何よ、本当は面倒なだけなんじゃないの」
小さく呟いた言葉は、誰にも届かず、ただ朝の静けさに溶けていった。