俺が間違ってた
翌日も里代子は発表会の余韻を引きずっていた。
麻友も朝食を食べながら、昨日の話をたくさんしてくれた。
「お母さん、最後のステップすごくキレイだったよ! あの振り付け、一番難しそうだったのに、全然ミスしなかったし」
「本当は何回も間違えそうだったけどね。でも練習した甲斐があったわ」
そう言いながら微笑む里代子に、祐樹がちらりと視線を向けるのを感じた。
「……あれだけ練習してたら、そりゃ成功するだろうな」
彼の声には少し照れくさそうな響きがあった。
その言葉に麻友が驚いた顔をした。
「えっ、お父さん、ちゃんとお母さんが練習してるの見てたの?」
「まあ、家の中でずっとやってたら嫌でも目に入るだろう」
そう言ってそっぽを向く祐樹。
その表情は見えなかったが、どこかいつもとは違う温かさが感じられた。
午後、里代子は1人で庭の片づけをしていた。
冬が近づいて、枯れた葉っぱが散らかっているのを掃きながら、昨夜のことを思い出していた。
舞台に立って踊りきった達成感。
そして、観客席から拍手を送ってくれた祐樹と麻友の姿。
あの光景は、きっと一生忘れないだろう。
そんなとき、祐樹が庭に出てきた。
彼はポケットに手を突っ込みながら、少し気まずそうに里代子に近づいてきた。
「……昨日は、よかったよ」
「えっ?」
彼の言葉に思わず手を止めた。
振り返ると、祐樹は少しうつむきながら続けた。
「お前が、あんなに一生懸命やってるのを見て……なんていうか、俺が間違ってたと思った」
「間違ってたって?」
里代子が静かに問うと、祐樹は口ごもりながら答えた。
「ほら……最初に、意味がないとか言ったことだよ。そんなこと、俺が勝手に決めることじゃなかったんだな」
思いもよらない彼の謝罪に、やはり涙がこぼれそうになるのをこらえながら、里代子は小さく笑った。
「気にしてないわ。むしろ、あなたの言葉で私は火がついたのかもしれない」
「そうか。でも、本当に……ごめんな」
祐樹は不器用に頭をかいた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。