頑張ってきた証拠です

発表会当日、控え室に入ると、他の生徒たちがメイクをしたり衣装を整えたりしていた。
里代子も花先生に指示されて順番に準備を進めた。鏡の中に映る自分の姿は、普段の家事に追われる主婦の顔ではなく、どこか新しい自分に見えた。

「里代子さん、準備はいいですか?」

鏑木先生が控えめな声で聞いてきた。

「はい。でも、緊張します」

「それでいいんです。緊張するということは、それだけ頑張ってきた証拠ですから。いつも通りに踊れば大丈夫ですよ」

先生の言葉が胸に響いた。里代子は深く息を吸い込み、少しだけ肩の力を抜いた。

幕が上がる時間が近づくと、控え室の空気も緊張感で満ちてきた。他の生徒たちと一緒に舞台袖で待機している間、里代子は心の中で何度も振り付けを繰り返していた。

そして、いよいよ里代子の出番が来た。

照明が当たる舞台に足を踏み出した瞬間、息が詰まるような感覚に襲われた。観客席から注がれるたくさんの視線。  しかし、音楽が流れ始めると、不思議と体が自然に動き出した。

練習を重ねたステップが次第に形を成し、体の動きと音楽が一体となる感覚が広がった。初めて振り付けを覚えられたときの喜び、先生に褒められたときの誇らしさ――それらが里代子を支えてくれているようだった。

里代子の出番はあっという間だったが、それでも胸の奥に熱いものが込み上げた。

発表会が終わり、客席で待っていた麻友と祐樹のもとに向かうと、花束を抱えた麻友が真っ先に駆け寄ってきた。

「お母さん、すごかったよ! 本当に素敵だった!」

「ありがとう。頑張ってよかったわ」

祐樹はしばらく何も言わなかったが、ふいにポツリと漏らした。

「……お疲れさん」

短い言葉だったが、里代子は涙がこぼれそうになるのをこらえた。
祐樹は不器用な人だ。それでも、今日までの里代子の頑張りを認めてくれた。それが何より嬉しかったのだ。