梅の花が見つかった
父が暮らしていたのはほんの少し潮の香りがする小さな港町。その外れにはなだらかな丘があり、その中ほどにある教会の児童養護施設が父の育った家だった。
緩やかな坂道を上り、教会の駐車場に車を停める。海から町をすり抜けて吹きあがってくる風は冷たく、佳菜子は身を震わせる。
教会のなかをのぞいてみるが、人の姿はない。キリスト教って日曜日にミサをするんだよね、というざっくりした知識で、特にアポもなく訪れたのがいけなかったのだろうか。佳菜子は誰もいない教会のなかに静かに足を踏み入れた。
空気は外同様に冷たいが、より寂しく感じられる。古く色褪せたベンチが並び、埃をかぶったオルガンがあり、十字架に縛り付けられたイエスの像が佳菜子を慈しむように見下ろしている。その向こう、奥の壁にはステンドグラスがあり、佳菜子の足元に水の模様を映している。
父はこの場所で何を思い過ごしたのだろうと考える。あのオルガンを弾いただろうか。神に祈っただろうか。祈ったとしたら何を、どんな願いを込めたのだろうか。
教会は静まり返っている。答えはない。
佳菜子は入口で小さく礼をして教会を出る。
外に出ると、すっかり日が暮れていた。朝は晴れていたはずなのに、空は薄っすら曇っているせいか、町から離れているせいか、夜は思いのほか暗い。佳菜子はスマホのライトをつけ、枯葉や枯枝を踏みしめながらあたりを歩く。
教会の裏手に回ると、梅の木は拍子抜けするほどすぐに見つかった。
子どもが遊び場に使っていそうな広い空間の真ん中に、まるで子どもたちを見守るようにぽつんと佇む梅の木。白い花を咲かせ、教会のなかのイエスのように、見るものを慈愛で包む梅の木。
だが青くはなかった。降り積もったばかりの雪のように柔らかな白が、夜の黒にできた足跡みたいに咲いていた。
「きれい」
佳菜子がそう呟いた瞬間、雲の切れ間から月がふいに顔を出す。差し込む月光は梅の木を越えて教会を照らす。そして――。
ステンドグラスに反射した月光が、梅の花を淡く、青く、染め上げた。
佳菜子は息を呑んだ。地面に膝をつき、声にならない叫び声をあげた。自分でも自分の感情が分からないまま。
確かなのは、父が望んだ「青い梅の花」がそこにあるということ。