遺言書の印鑑に規定はない

今回、問題となったのは自筆証書遺言である。自筆証書遺言とは要はすべて本人の手書きによって書かれた遺言だ。この自筆証書遺言だが有効とされるには本人の手書きでの署名と捺印が必要とされている。この捺印について法律上は認印と実印とを分けておらず、単に印鑑が押されていればいいとされる。

実際、過去の判例においても認印が有効とされたものもある。それどころか拇印や指印でも有効とされたケースもあるのだ。

つまり、今回の遺言書のように認印で押印がされていても遺言書の効力に全く影響はなく有効なままとなる。

あくまでも実印を用いるかどうかは任意であり、より確実に争いなく遺言書の効果を発揮させたい場合に用いるものである。

これら遺言書に関する押印の考え方を一通り説明すると直人さんは「あー、そうなのかあ……意外と法律って緩いところあるんだな」と、気の抜けた声を発して、さらに続ける。

「でもよかったよ、親父の遺言書が有効で」

その言葉を聞いて私が彼に問う。「俺からご家族に話してみようか?」。彼とは家族ぐるみの付き合いがあり、私なら話を聞いてもらえる自信があった。

「ありがとう。でもこの問題はちゃんと俺の口から説明しておきたいんだ」

なにかを決意したように晴れやかな表情で彼は語る。

直人さんとは翌週末に結果報告も兼ねてまた会うことを約束し、その日は別れた。