フリマアプリで生活費をしのぐ生活
27階の広い玄関ポーチで待っていると、ゆっくり扉が開いて、その隙間から詩織が顔をのぞかせた。
「どうぞ」
「お邪魔します」
化粧をしていない詩織の表情はやつれていて、目の下にはくまがある。ばっちりと化粧をしていた先日には気づかなかったことだった。
だがそれ以上に驚いたのは、部屋の異様さだった。ホテルで見たような家具が置いてあれこそすれ、部屋は空っぽだった。食器や洋服は最低限。部屋には通販の空段ボールが積んである。まるで夜逃げの準備をしているようで、部屋が広いぶん、余計に寒々しく感じられた。
「ママ、これから大事な話あるから。部屋で遊んでて」
リビングで遊んでいた娘の舞亜を自分の部屋へと向かわせる。詩織は2人きりになったリビングを見回して肩をすくめた。
「笑っちゃうでしょ。なんもないの。食器も洋服も少しずつフリマアプリで売って、なんとかしのいでんのよ」
「笑えないでしょ、何がどうなってるの?」
「別れたの。会社が傾いて、家で酒飲んで暴れるようになったから、追い出した。でも家賃70万はどうにもなんないよね。近所の目があるからパートにも出づらいし」
美緒は詳しくは聞かなかった。話させても詩織が傷つくだけだと思ったし、重要なのは何があってこうなったかではなかった。
「引っ越せばいいでしょ。何でこんなとこに住み続けてんの?」
「こんなとこ?」詩織は声を鋭くとがらせた。「こっちの苦労も知らないで何さまなの?」
「何さまって、人からお金だまし取っておいて、何さまも何もないでしょ!」
詩織のあまりにぶしつけな物言いに、美緒も思わず声を荒げた。
「お姉ちゃんには分かんないでしょ。要領よく生きてきて、いっつも優秀だなんだって言われ続けた私の気持ちなんてさ」
「分かるわけないでしょ、そんなもの。こんな見え張って生活して、バカみたい」
「はぁ?」
「だってそうでしょ。こんな息が詰まりそうなところで、見かけだけ繕って生活して。舞亜ちゃんだってかわいそうだよ」
「舞亜は関係ないでしょ!」
「関係ある! 詩織は母親なんだよ!」
美緒が怒鳴ると、部屋のなかは水を打ったように静まり返った。
「お金、返してもらおうと思ってきたけど、もういいや。あんたのことはどうでもいいけど、舞亜ちゃんのこと、ちゃんと考えてあげて」
美緒はそれだけ言って、妹の部屋を後にした。妹は床に座り込んだまま何も言わず、美緒も決して振り返らなかった。