空は、芽衣子の沈んだ気分とは裏腹に青く澄んでいた。
引っ越し業者のトラックが去って、ぽっかりと穴が空いたようにがらんどうになった玄関前に立ちながら、芽衣子は義実家の古びた平屋を見上げる。東京のマンションとは比べ物にならないほど広く、どっしりとした構えの家だ。結婚のあいさつや年2回の長期休暇の際に何度も訪れたことがある。これからこの場所での生活が始まるという実感が、あるいはもう慣れ親しんだ東京に戻ることはないという実感が、まだいまいち湧いてこなかった。
芽衣子は、夫の正志と5歳になる息子の武志と一緒に、家業を継ぐため米農家である義実家に引っ越してきた。
正志が家業を継ぐ話は結婚当初から出ていた。しかしそれをのらりくらりとかわし返事を曖昧に濁していたのは、東京で築いてきた生活があったからだ。
「今日は長旅で疲れただろう。夕飯まで部屋で休んでおきなさい」
腕まくりをした義父の泰司が何らかの作業を止めて縁側から顔をのぞかせていた。芽衣子はお礼を言って家に入ろうとする。ふと、玄関口に立っている義母の澄子がこちらを見ているのが目に入る。
「そんな軟弱で、農家の嫁が務まるのかねぇ」
たぶん芽衣子に聞こえるように、あえてそう口にしたのだろう。だが芽衣子は聞こえないふりをして、「これからよろしくお願いします」と頭を下げて玄関の敷居をまたいだ。
「芽衣子さん。お客さん気分でいられるのも今日までだからね」
追い打ちをかけるように、肩越しに後ろから澄子の声が追ってくる。そこに含まれる言外の意味を考えると、芽衣子はスニーカーを脱ぎながら、曖昧に笑っておくことしかできなかった。