<前編のあらすじ>
美花(38歳)は、真面目で融通のきかない性分の娘・葵(10歳)が、学校でたびたび問題を起こすことに頭を悩ませていた。
掃除をサボったクラスメートをたたいて泣かせた葵に、もう少し物ごとを柔軟に考えたほうが生きやすいのではないかと伝えたが理解はされず、正論で反論され鋭く言い返してしまい、葵を非難するかたちになってしまった。
自己嫌悪に陥る美花だったが、そんな矢先、部屋に警報音が鳴り響く。「火事だ……!」という声を聞き、部屋の中に葵を連れに戻った。
●前編「わたし、間違ったことしてないよ」友だちをたたいてしまう強情な10歳娘…子育てに悩む母を襲った「想定外の災難」
そっちの階段はダメ
「葵……!」
子ども部屋の扉を大きく開け放つと、葵は既にベッドの上に起き上がり、驚いた表情で辺りを見回していた。
「火事だって! すぐ避難するよ!」
美花は葵の手を引いて、すぐに家から飛び出した。マンションの共有スペースには、まだ美花たちと同じように着の身着のままの住人たちが大勢いた。誰もが悲鳴を上げて右往左往しながら、非常階段を目指しているようだった。すでにパニック状態に陥っていた美花は、彼らの後に続き、葵の手を引いて下に降りようとした。
「待って!」
ところが、きゃしゃな葵の手が美花を引っ張り制止した。
「何やってるの、葵! 早く逃げないと!」
「お母さん、みんな、そっちの階段はダメ! 駐車場側から降りないと!」
「何言ってるのっ!」
「だって、火が出てるの1階の焼き鳥屋さんなんでしょ! それならこっちだよ!」
葵に手を引かれるまま、美花は廊下を進み、駐車場側の少し離れた非常階段に向かって駆け出した。