世間の評価は優しくない

列車を下りて気分を落ち着かせた優太は、ホームの端に三脚を置きカメラを構えていた。腕時計で時間を確認しつつ、何度も画角などを調整する。

まだ今回の旅の目的であるJR只見線ではなかったが、この駅にはもうすぐ貨物列車が到着する予定だった。コンテナを積み、鋼鉄の蛇のように連なる貨物列車は、小さいころに鉄道にはまったきっかけでもあり、今でも最も好きな列車だ。言うまでもなく、優太の気分は高揚していた。加えて、周囲に他の撮り鉄がいないことも、すがすがしい気分を優太に与えた。今この場所は、優太ただ1人が独占しているも同然だった。

「危ないから下がって」

集中して画角を調整していたせいか、肩をたたかれるまで駅員に声を掛けられていることに気が付かなかった。優太は慌てて謝り、言われた通り後ろに下がった。カメラの位置を再調整する優太の横顔に、ホームで列車を待つ人たちの冷たい視線が向けられる。大した人の数ではなかったが、まとわりつく視線は重く鋭い。優太は思わず背中を丸め、息を潜めた。

鉄道をこよなく愛する撮り鉄だが、その実、現場での肩身は思いのほか狭い。駅員の注意に逆切れしたとか、線路内に立ち入って撮影をしたとか、三脚禁止の場所で三脚を立てて撮影しようとしたとか、“撮り鉄”の迷惑行為は、たびたびニュースなどでも取りざたされる。もちろんそんなことをするのは一部の人間だけであって、優太をはじめとするたいていの鉄道ファンはつつましく、誰の迷惑にもならないよう、純粋に鉄道の撮影を楽しんでいるだけだ。

しかし世の中の評価というのは、水のように低いほうへと流れるようにできているらしく、たった今駅員から注意を受けたときのように、ふと目立ってしまった瞬間に向けられる視線の冷たさや風当たりは、決して優しいものではなかった。

優太は鼓動が再び早くなり始めるのを感じ、深呼吸を繰り返した。間もなくやってくるであろう貨物列車を思い浮かべ、職場での出来事がフラッシュバックしそうになるのを抑え込む。

やがて貨物列車の重厚な走行音が遠くから響くと、優太は気を持ち直すことができた。ホームに進入しようとする貨物列車の力強いフォルムを前に、夢中でシャッターを切った。

レンズ越しに列車と相対している間は、周囲の音が耳に入らない。そこはまさに自分だけの世界だ。久しぶりに感じる高揚感が身体全体に広がっていった。