荷物がない!

呼吸すら忘れて撮影をしていた優太は、貨物列車が見えなくなるまで見送ってから、旅を再開しようと振り返る。しかし目の前に広がっていた想定外の光景に、優太の頭はすぐに事態をのみ込むことができなかった。

「え……リュックサックが、ない?」

思わず口に出してしまった通り、ベンチに置いておいたはずの荷物が丸ごと消えていた。

優太は辺りを見回した。しかしまるで最初からそこには何もなかったかのように、荷物はどこにも見当たらない。

「やられた……」

優太は頭を抱えた。ベンチの上の掲示板には、ながらスマホ防止のポスターと並んで、置引注意喚起のポスターが貼ってあった。

一体自分は、何をしているのだろうか。

職場では厄介な上司から目をつけられ、尻尾を巻いて辞めた。家族や友人の心配をよそにふさぎ込み、気分転換を大義にこんな田舎まで逃げてきた。その上、自分の荷物の管理すらままならない。

優太は三脚を抱えたまま、その場に立ち尽くす。仕事もせず、引きこもっていた自分には分不相応な旅だった。だからこんな目に遭うのだ。もう帰ろうと思った。しかし思った矢先、財布もリュックサックの中だったことに気づいた。

風が冷たく吹き抜け、葉擦れの音が優太をあざ笑うように騒いでいた。

●帰るあてすらなく無くなってしまった……。そんな優太にさらに「思ってもみない事態」が降りかかる。 後編パワハラに置引…災難続きの“撮り鉄”男性が駅のトラブルで気づかされた「忘れていた気持ち」】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。