<前編のあらすじ>

優太(33歳)は、上司のパワハラが原因で会社を辞めた。心に傷を負ってしまい、大きな音がすると、上司の怒鳴り声などがフラッシュバックするようになっていた。

2カ月ほど通院しながら自宅で療養し、ようやく気分が上向きになってきたところで、気分転換に鉄道で鈍行を乗り継ぐ一人旅に出ることに決めた

いわゆる「撮り鉄」の優太は、JR只見線を撮影しに向かうが、途中に立ち寄った駅で貨物列車を夢中で撮影していたところ、荷物を置引されてしまう。

●前編:飲み会を断ったら退職に追い込まれ…肩身の狭い30代“撮り鉄”男性に襲い掛かった「つらすぎる追い打ち」

想定外の事態に動揺する優太

優太はリュックサックがあったはずのベンチに腰かけ、頭を抱えていた。

「兄ちゃん、大丈夫か?」

声とともに肩をたたかれ、優太は反射的に顔を上げる。ひげを蓄えたかっぷくのいい年配の男が立っていた。優太のからだは意志と関係なくこわばった。前の職場での苛烈なパワハラのせいで、優太は年上の男性に対してことさらな苦手意識を植え付けられていた。

いきなり大声で怒鳴られたり、舌打ちをしてにらまれたりしたらと思うと、からだがすくんだ。しかし男は穏やかな声音で、優太に質問を重ねた。

「気分でも悪いのか?」

「あぁ、いえ、荷物、置引に遭ったみたいで……」

優太が言うと、男は額を抑えて空を仰いだ。予想外の大きなリアクションに優太は驚いた。

「そうか、そうか。そりゃ災難だったな。兄ちゃん、携帯はあるか? 財布もやられちまったなら、カードの利用停止手続きだな。あと免許証とか、身分証関係も警察に届けたほうがいい。保険は入ってるか? 携行品損害特約とかついてりゃ、保証してもらえる場合もあるんだが……」

優太は首を横に振る。置引なんて事態に遭遇するとは思ってもみなかったのだから、そんな危機管理をしているはずがなかった。

「まあそうだよな。よし、ちょっと、駅員呼んでくっから、兄ちゃんはここで休んどけ」

男はてきぱきと助言し、小走りで駅員を呼びに向かっていった。ベンチに取り残された優太は深く息を吐き、男の助言に従ってスマホでカード会社の電話番号を調べ始める。しかし指の動きは遅く、ため息ばかりが口をついて出る。

せっかくの旅が台無しだった。財布やクレジットカードなどももちろんショックが大きいが、いい写真を撮るためにそろえ、ずっと旅を共にしてきたカメラ機材まで盗まれてしまったことがより心に堪えた。パワハラに心を折られ、置引になけなしの自尊心すら踏みにじられる。世間には他人の悪意ばかりがはびこっているように思えた。