「ラッキー」と思える心
優太は最後までお礼を言って、只見線を目指す旅を再開した。
先ほどの騒動で時間はすっかり押してしまったが、この旅の目的を果たしたいという気持ちはより強くなっていた。正直なところ、この旅は誰とも関わらず鉄道を撮ることに没頭しようと思っていた旅だった。しかしアクシデントに見舞われ、見ず知らずの人々に助けられたことで、心境は変わりつつあった。
優太が只見線の有名な撮影スポットに着いたころには、すでに日は傾きかけていた。しかし、けがの功名と言うべきか、夕暮れの空と紅葉に彩られた山々が溶け合う光景は、あまりに幻想的で、疲れた心に再び静かな感動を与えてくれた。
カメラを取り出し、三脚を準備した。燃えるような黄金の光景は、優太を一瞬にしてとりこにしていた。
「今日は最高の景色ですよ」
後ろから声を掛けられて振り返ると、数年前に別の撮影地で出会った撮り鉄仲間の岡田が立っていた。あまりに偶然の再会だったが、その顔を見た瞬間、優太はどこか懐かしさと安堵(あんど)感を覚えた。また彼がすぐに自分だと気付いてくれたことも、優太の心を解した。
「お久しぶり。こんなところで会うなんてびっくりしましたよ。最近、見かけなかったから少し心配してました」
「お久しぶりです。実はちょっと会社でごたごたがあって。今回はちょっと気分転換にと思って初めて来たんですよ」
「そうだったんですか。いやぁ、でもこんな景色見たら、心が洗われちゃいますよね。僕、只見線はたびたび撮ってるんですけど、ここまでの景色を見たのは初めてです。島田さんはとてつもなくラッキーだ」
岡田の言葉に、思わず優太の唇はほころんだ。
たしかにラッキーだ。パワハラで心を折られ、旅先では置引に遭うアクシデントに見舞われた。しかしそれでも、出会った人に助けられ、今こうして最高の景色の前に立っている。それがラッキーでなくて何だというのだろうか。
「そうですね。本当にきれいです」
優太たちが談笑していると、只見線の列車が、山あいのトンネルから静かに現れた。黄金の風景を切り裂くように走るその姿は、まるで映画のワンシーンのようだった。優太は夢中になってシャッターを切った。岡田も隣りでシャッターを切っていた。
風景を切り取る人さし指に熱を感じた。傷ついた優太の心に、確かな熱がともった。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。