兄ちゃん、よかったじゃねえか

「――兄ちゃん! 兄ちゃん! こっちこっち! 」

声がしてスマホから視線を上げると、改札口のほうで男が手を振っていた。優太は膝に力を込めて重い腰を上げ、小走りで男の元へ向かった。男は優太の肩をつかみ、うれしそうに口の端を釣り上げた。

「兄ちゃん、荷物見つかったってよ!」

「え?」

「だから、荷物! 見つかったんだって! 地元の高校生がチャリで追っかけて取り返してくれたって!」

男は興奮気味にまくし立てた。状況に理解が追いつかない優太だったが、男が繰り返し伝えると徐々に事態の輪郭がふに落ちた。

「……本当ですか?」

「おう。こんなことでうそなんてつくかよ。ほら」

駅員と男に連れていかれた乗務員室には男子高校生が2人、スツールに腰かけていた。机の上には、他でもない優太のリュックサックが置いてある。

気がついたときには、優太の目から涙があふれていた。大の大人が泣くなんて恥ずかしいと思った。ばかにされるかもしれないとすら感じた。しかし駅員も男も、男子高校生たちも、ほっとしたような顔で優太の気持ちが落ち着くのを待ってくれていた。

「そんなに喜んでもらえると、追っかけたかいがあったな」

「でも、声かけたら、犯人ビビッて逃げちゃって捕まえらんなかったけど」

2人が言うには、少し離れた場所から置引の瞬間を目撃し、大声で異変を知らせようとしてくれたらしい。ところが、優太は鉄道に夢中で全く気付く様子がない。そこで、2人はとっさの判断で犯人を追いかけた。

「2人がすぐに追いかけてくれたので、大丈夫かと思いますが、高価な機材なども入ってるようなので、一度ご確認いただけますか?」

やがて駅員に促されて、優太は荷物を確認した。幸い、ケースに入っているものがほとんどだったので、機材が壊れたりはしていなかった。2人がすぐに追いかけてくれたこともあり、財布の中身も全て無事だった。

安心したせいか、一度は止まっていた涙が再びあふれ出す。

「兄ちゃん、よかったじゃねえか」

「はい、ご迷惑をおかけしました……」

肩をたたく男に、優太は頭を下げた。しかし男は険しい顔で首を横に振った。

「ちげえだろ。そういうときは、ありがとうだろ?」

男に言われて、ハッとした。そうだった。前の職場のせいですっかり謝る癖がしみついていた。こんな当たり前のことすら分からなくなるほどに、追い込まれていたのだ。

「そうですね。本当に、ありがとうございました」

優太は男と駅員に頭を下げ、男子高校生に何度もお礼を口にした。2人は照れくさそうに顔を見合わせていた。