息子の勇気
数日後、真理奈は大貴を連れて佑介の見舞いに病院を訪れた。病室に入ると、大貴はすぐに父親のもとに駆け寄り、涙を浮かべて佑介に抱きついた。
「パパが死んじゃうかと思ったよ」
震える声で言う大貴の姿に、佑介もつらそうに顔をゆがめていた。あのとき川に入らない大貴に対していら立ちをあらわにし、「男らしくしろ」などと厳しい言葉をかけてしまったことを思い出しているのだろう。
「ごめんな、大貴。パパが間違ってたよ。無理に川に入らせようとしてごめん」
佑介はベッドの上で、大貴の小さな手をそっと握りしめて静かに謝罪した。その声には、深い後悔の念がにじんでいた。父親の温かい手のぬくもりを感じてながら、大貴は涙を拭っていた。
しばらくして、すすり泣きが聞こえなくなったと思えば、大貴は佑介のベッドにもたれかかりながら気持ちよさそうに寝息を立てていた。真理奈と佑介は顔を見合わせてほほ笑むと、2人で大貴の身体をベッドの上に引き上げた。
「大貴、よく寝てるね」
佑介が隣に横たわる大貴の髪をなでながら言った。
「ここ数日、夜中に泣いて起きちゃうことが多かったから...…」
「ああ...…そうか。そうだよな。大貴には本当に悪いことをしたよ。真理奈にも本当に心配かけたし、他のみんなにも……」
大貴の寝不足の原因が自分にあると思い至ると、佑介は視線をそらせて申し訳なさそうな表情をしていた。
「大貴はね、佑介が流されたとき、自分から川へ近づいて行ったんだよ。大きい声で『パパー!』って叫びながら」
「えっ、大貴が自分から?」
意外そうな顔をして驚く佑介に真理奈は大きくうなずいてみせた。
「あの子は、自分以外の誰かのために力を発揮できる優しい子なんだって思ったよ。勝手に臆病だとか消極的だとかって決めつけてた自分が恥ずかしくなっちゃった。まあ、そのときは必死過ぎて、そんなこと思う余裕なかったんだけどね」
「すごいな、大貴は……まだこんなに小さいのに、俺なんかよりもずっと勇気があるよ」
佑介は思わず目頭を押さえながら言った。
そんな佑介の様子を見ていた真理奈も泣きそうになったが、あえて明るく声をかけた。
「佑介の足が治ったら、3人でサイクリングにでも行かない? 大貴も、そろそろ補助輪なしで自転車に乗れるようになりたいって言ってたよ」
「本当か? それならリハビリも兼ねて、特訓に付き合ってやんなきゃだな」
佑介は眠っている大貴の頭をなでる。気持ちよさそうな寝顔に、真理奈と佑介はそろって笑みをこぼした。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。