夫が発した信じられない言葉
けっきょく夏織は独りで食事をし、シャワーを浴び、ボディーオイルや化粧水を塗り、ゲーム部屋に閉じこもった。
ファイフィクの新作をやりたい気持ちはあったけれど、2人でやろうと約束した手前、勝手に進めてしまうのも気が引けて、旧作の『Ⅳ』を起動した。
久しぶりにログインしたせいか、ザンテツとヴィオレットの2人がゲームのなかで建てた〈家〉には、ご丁寧にクモの巣まで張っていた。掃除をする気にもなれなくて、夏織はザンテツを操作してそのまま街へと繰り出した。
すれ違う街の住人に手当たり次第に話しかけ、クエストを受注する。何度も倒したことがある魔獣を討伐するために、街の外れにある森へと向かう。
初めて挑んだときはあっさり返り討ちにされたっけ。
真正面から挑み続けていた夏織に、この魔獣を倒すには特定のレアアイテムが必要なんだと教えてくれたのは徹だった。
今はもう、隣に徹はいなかった。徹は別の部屋で、煌々(こうこう)と映し出される現実にだけまなざしを向けている。
前は倒すのにあれほど苦労した魔獣はあっさりと撃破できた。夏織は地面に伏している魔獣の身体から、機械的にアイテムを採取した。
背後で扉が開いた。
「夏織、まだ起きてたんだ」
振り返ると徹が立っていた。1時を回っているのにまだ仕事が終わっていないのか、徹は第2ボタンまではだけたワイシャツ姿のままだった。
「ああ、うん。ごめん。うるさかったよね。ヘッドホンするね」
夏織は立ち上がり、棚にしまったヘッドホンを探した。背中越しに聞こえたため息に気づかないふりをしようとした。
「いい身分だよね。夜更かししてゲームなんて。そんなんで仕事大丈夫なの? 生産性下がってたりするんじゃない?」
棚をあさっていた手が止まった。身体が急に固い針金でがんじがらめになったみたいに、急に動けなくなった。
――夜更かししてゲームなんて。
――仕事大丈夫なの?
それはたぶん当たり前の発言だった。けれど夏織たちにとって、それは当たり前ではなかった。どっちが正しくてどっちが間違っているのかという話ではない。
ただ、目の前に立つ徹が、知らない人のように見えたのだ。
●激変してしまった夫。突然放たれた攻撃的な言葉に傷ついた夏織は何を思うのだろうか……。 後編【「…ごめんね、もう別れてください」ゲーマー夫婦の離婚の原因となった「子供じみた理由」】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。