成美は慣れ親しんだ道を車で走っている。助手席には娘の里香。しかしいつもは左に曲がる交差点を右に曲がる。左に行けば、ショッピングモールなどがある街に行けるが、今日の目的は駅だ。
里香は今年、大学を卒業し、東京で就職することが決まった。今日が引っ越しの日となる。
「それじゃ、行ってくるね」
「何かあったらいつでも連絡するのよ」
大きなスーツケースを引きながら晴れやかな表情で新幹線に乗る里香を見送った。新幹線が発車したあとも、成美はしばらく駅のホームでたたずんでいた。
夫と義母と3人きりの生活に
寂しさとある種の達成感に浸りながら、家に帰る。しかし家が近づくと、その気持ちは陰鬱(いんうつ)な感情に押しつぶされる。
年季の入った固い玄関がより一層重く感じる。玄関を開けると、同居している義母の留子が床に掃除機をかけていた。
「遅かったね」
駅から家までの帰り道、どこにも寄らずに車を走らせた。何も遅くない。
「そこはさっき掃除しましたよ」
それに、家を出る前に文句を言われないよう掃除は終えていたはずだ。
「掃除ができてたら、私もやらないわよ。こんなこと」
「あら、そうですか。すいません」
胃の奥からせりあがる不満をのみ込んで、成美は居間へと向かった。
いつものことだった。留子は一緒に住むようになった22年前から何かにつけて、成美に厳しく当たってくる。わざと見せつけるように玄関前を掃除しているなんて本当に性格が悪い。腹立たしく思いながらもなんとかやって来られたのは、娘の里香がいたからというのが大きいように思う。
しかし家のなかで唯一成美の味方だった里香はもういない。
里香がいなくなっても、この人との生活はまだ続くのだ。