「仕事」への誘い
成美にとって唯一の安息の時間は親友である陽子といるときだ。
陽子とは大学で知り合い、一緒にデザインの勉強をしていた。陽子は卒業後、東京のデザイン事務所に勤め、結婚もしている。だから成美と違って、服もオシャレだし、身につけている小物も嫌みがなく、カッコいい。
大学時代に成美が憧れていた女性の姿を陽子はしていた。
家事に追われ、楽な格好ばかりを選んでいた成美とはいで立ちからして大きな開きがある。それでも会えば、いつまでたっても気のあう友人同士。時間が合うときにたまにこうして食事をしながら、お互いの愚痴を話していた。
「娘ちゃんがいなくなったら、これからが大変ね」
「うん、そう。昨日もまた味付けのことで文句言われたわ。今度は薄いだって」
「毎回、舌がひっくり返ってるんじゃないの?」
陽子の発言に成美は笑った。
「旦那も使い物にならないから、我慢するしかないわ」
「……成美さ、仕事、したくない?」
「え、仕事?」
「成美が良ければだけど、私が紹介するよ」
陽子の話を聞いて、心が、どくんと跳ねる。心が熱くなる。こんなのは久しぶりだった。
取りあえずその場では考えてみると言って、決断は先送りにした。しかし、成美の中では確実に、やりたいという感情が芽生えていた。