数子は顔をマフラーに埋めて冷たい空気をできるだけ浴びないようにしながら家に帰宅した。
数子は地元のスーパーの惣菜担当として20年近く働いている。正月明けはいつもお客さんが多くて大変だったが、ようやくそれも落ち着き始めていた。
疲れた体でマンションのドアを開くと廊下は真っ暗だった。夏ごろまでなら学校から帰ってきた美鈴がリビングでテレビを見たりしていたのだが、そんな光景をめっきり見なくなった。
数子は外とあまり変わらないくらい冷たい空気の室内を歩きリビングに向かう。電気と暖房をつけて冷蔵庫の中身を確認し、夜ご飯の献立を考えながら、数子は美鈴の部屋に向かった。ノックをすると返事があったのでドアを開けた。
「ただいま」
「うん、おかえり」
美鈴は机に座ってノートに何か書き込みながら答えた。
「今日の晩ご飯はシチューにしようと思うけどいい?」
「うん、いいよ」
美鈴は脇目も振らずにとにかく勉強を続けている。大学入学共通テストが目前に迫っていたし、2月末になると美鈴が志望している国公立大学の2次試験も待っていた。
「それじゃご飯できたら呼ぶからね」
「うん」
「……あんまり無理はしないようにね」
数子は美鈴にねぎらいの言葉をかけてドアを閉めた。廊下を歩きながら美鈴に聞こえないようにゆっくりと息を吐く。その息には、隠しきれない疲労感が滲んでいる。
母の疲労と受験費用の重圧
受験というのは想像以上にお金がかかる。受験料がだいたい1校3万円程度。滑り止めだなんだと受けていけば、受験料だけでも10数万円を優に超える。シングルマザーであり、パートの掛け持ちで生計を立てている数子にとっては必要だとはいっても痛い出費だ。数子はこの1年、パートの日数や時間を増やしてなんとかやりくりを続けてきた。
そもそも、高卒の数子には大学受験のことはよく分からない。偏差値ごとに何校も受ける理由が分からない。第1志望、いやせめて第2志望の大学くらいまでで何とかならないものかとも思ったが、そういうものじゃないのと美鈴が言うから仕方なかった。
そもそも、去年の春に予備校に通いたいと言った美鈴のお願いを聞いてやれなかった負い目もあった。
たしかに美鈴は母親である自分とは違って勉強ができる。小さいころから本当に自分の子かと疑いたくなるくらい本が好きで、賢かった。大学に進学したいのは小さいころからの夢である図書館で働きたいかららしいけれど、幼なじみが数子と同じ高卒ながら図書館で働いており、美鈴の夢と数百万もの学費を払って大学に通うことがどう結びつくのかはよく分からない。
考え直してはくれないだろうか、と心のなかでは思いつつも、必死で勉強している姿を見れば口には出せない。
シチューの具材を切りながら、数子の頭のなかはお金と生活のことでいっぱいだった。
