床に落ちたゲーム機
麻友は身を粉にして働いた。働いているときだけは、夫の不在を考えなくて済んだ。最初はただ必死だった。しかし考えなくて済んでいても、麻友の心は確かにすり減っていた。
疲れて家に帰っても、まだ仕事が残っている。無口な息子のために料理を作り、掃除をし、洗濯をする。
しかし悠輔はそれを当たり前のように享受し、自分の好きなゲームだけをやっている。
いつからか、そんな悠輔に対して不満を持つようになってしまった麻友が限界を迎えるまでに時間は必要なかった。
その日、後輩のミスが原因で遅くまで残業をすることになった麻友が疲れた身体を引きずるようにして家に帰ると、時計の針は11時を過ぎていた。
相変わらず、悠輔の部屋からは明かりが漏れている。麻友はスーツのまま、ソファに寝転がった。すると珍しく悠輔がリビングにやってきて、麻友に近づいて来た。
「ご飯は? 腹減ってるんだけど」
ほんの一瞬、息子の言っている言葉の意味が分からなくて返答に詰まる。
「あ、ああ、あの、ちょっとお母さん疲れているから、カップ麺とかでいいかな?」
麻友がそう言うと、悠輔ははっきりと舌打ちをした。
「んだよ」
悠輔は吐き捨て、そのまま部屋に戻っていく。
その瞬間に、麻友の中で何かが切れた。疲れていることなど忘れて、悠輔の部屋に押し入った。
「何よ⁉ 私は仕事で疲れて帰ってきてるのよ⁉ それなのに、料理もしないとダメってこと⁉ あんたももう16歳なんだから、1人でそれくらいはやってよね⁉」
悠輔の顔は驚きで引きつっていた。それでも麻友の怒りは収まらない。テレビから流れるゲームのBGMすらも気に障った。
「年がら年中こんなものやって! もっと勉強をしなさいよ!」
麻友は声を荒らげ、ゲーム機の線を引き抜く。怯えていた悠輔が麻友の手を取る。
「止めろよ! 俺が金ためて買ったんだぞ!」
「それだって私たちがあげたお小遣いでしょ! 自分のものみたいな言い方をしないで。あんたは何一つ、自分の力でやってないでしょ!」
「そ、そんなことねーよ! いいからゲームを返せって!」
悠輔が麻友の手を力任せに引っ張った拍子、ゲーム機が麻友の手から滑り落ちた。床が確実にへこむような、鈍い音が響いた。
「ああああ!」
聞いたことのない悠輔の声。麻友は驚いて固まった。悠輔は麻友をにらみ付けた。
「出てけよ! 早く出てけって!」
そして無理やり部屋から押し出され、ドアが鋭く、そして固く閉められた。
●心を閉じてしまった息子と麻友は和解できるのだろうか。そして不登校の理由は? 後編【引きこもり息子との冷戦状態…切なすぎる「不登校の理由」を知った母親の決断は?】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。