デフレ時代に株式投資を選択していたら?

「じゃあ、仮に、この間に株式に投資していたとすればどうだろう?」と、石田の探究は止まらない。小さい頃から、何かに夢中になるとご飯も食べず、寝ることすら忘れて没頭するのが石田だった。このような姿は、明日香にはおなじみだったので、詩織に小声で「ケンちゃんの病気が始まった」と耳打ちした。それに詩織が答えて、「ホント、いつも何かがきっかけになって自分の世界に入っちゃうんだから……」とため息をついた。「おーい、ケント、戻ってきてー。ノックノック、聞こえますかー」と小声で石田に話しかける詩織の様子がおかしくて明日香はクスクス笑ってしまった。

石田は、タブレット端末を使って計算した結果をグラフにして明日香や詩織に見せてくれた。「消費者物価指数が下落していた1998年から2012年の約15年間がデフレで現金の価値が上がっていた時代といえる。この間に株式投資をしていたとしよう。そうすると、TOPIX(東証株価指数)に投資していても、米国のS&P500(円ベース)に投資していたとしても、株価は横ばいで投資の価値は感じられない状況だった。ただ、アベノミクスが始まって未曾有(みぞう)の金融緩和が実施された2012年以降は、日本の株価が大きく上昇している。異次元緩和で円安が進んだことで米国の株式に投資していた場合は、株高と円安効果がダブルで効いて、むちゃくちゃ高いリターンが得られている」と石田は話した。

 

石田は続けて、「デフレの時代は、その期間だけをみれば株式投資にも厳しい時代だったといえるね。その意味では『デフレの時代は預貯金で置いておくのが正しかった』と言っても間違いではないように思う。問題は、それを自らの意志で選択したのかということだと思うよ。結果的に何もしなかったからよかったというのではなく、デフレだから、あえてキャッシュを持っておこうと積極的に現金化する姿勢が大事なんだと思う。デフレの時にも運用を継続し、例えば、積立投資をこの間ずっと行っていたら、物価が上昇し始めた2013年以降で大きな投資成果を得られることになっている。考えて行動し続けたことが成果に結びつくんだということなのじゃないかな」と腕組みをしてうなずいた。

「投資を始めて、始めたら継続しなければならない。考え続けなければならないということなんだよね。ケンちゃんが言ってる通りだと思うよ」と明日香は言った。しばらく会わないうちに、ずいぶんと成長したように感じる石田のことが、少しまぶしく感じられた。「ところで、今日はアスカは、どうしてここに?」と石田に聞かれて、明日香は玉枝と待ち合わせをしていることを思い出した。「あ、今日、ここでお母さんと待ち合わせしているんだった。(時計を見て)わ、もう、こんな時間だ、そろそろ来てもいいころ……」と明日香が言い終わらぬうちに、喫茶店の扉が開くベルの音がチリンチリンと響いてきた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。