突きつけられた現実

翌日から、安藤の職場は営業部が入っている事務所ではなく、同じ敷地内にある工場に変わった。やはり、事務所とはかなり雰囲気が違う。空調はちゃんと効いているので、熱中症の心配はなさそうだ。出勤の打刻を済ませ、工場の教育係をやっているという佐野という社員から工場勤務のレクチャーを受けることになった。佐野はかなり若く、髪の毛を茶色に染めている。やんちゃそうな見た目だったが話し方は丁寧で、工場勤務の注意点などについて分かりやすく説明してくれた。それにしても、本当に若い。もしかしたら、自分より20歳ぐらい年下ではないだろうか。

佐野に誘われ、工場の入り口付近にある自動販売機でコーヒーを飲むことになった。そこには先客がいた。見たことのない若い男がおいしそうにジュースを飲んでいる。首からはこの会社の社員証を下げ、スーツを着ている。こんな社員、いただろうか? 小さな会社なので、入社2カ月の安藤であってもほとんどの社員の顔は覚えている。そんな安藤の様子に気付いたのか、若い男が笑顔で言った。

「本日、営業として入社した風間です」

その言葉を聞いた瞬間、安藤は全てを察した。やはり、自分は完全に見切りをつけられたのだ。会社は使いものにならない自分を工場に配置換えし、代わりにこの風間という若い男を営業として採用した。きっと、自分は会社を辞めない限りずっと工場で働くことになるだろう。

「そろそろ行きましょうか」

佐野が安藤に声をかけた。コーヒーが少し残っていた。安藤は残りのコーヒーを一気に喉に流し込んだ。

「それじゃあ、失礼します。仕事頑張ってください」

安藤は風間に声をかけると工場に戻った。風間は律義にも深々とお辞儀をして安藤を見送ってくれた。

「ひと通りレクチャーもしたんで、まずは組み立てから一緒にやってみましょうか」

「分かりました。よろしくお願いします」

組み立ての作業をしながら、工場の窓から外を見た。雲ひとつない青空が広がっている。そういえば、前の会社に辞表を出したあの日もこんな風に晴れていたっけ。

「安藤さん上手ですね! センスありますよ」

佐野は「ほめて伸ばす」教育方針らしく、とことん安藤の仕事ぶりをほめてくれた。こういう人柄が評価され、この若さで教育係を任されているのだろう。

自分は高級家具の販売員を辞めた。そして、工作機械の営業を辞めさせられた。今は年下の社員に仕事を教わりながら、工場勤務の仕事をスタートしている。この仕事をいつまで続けるのかは分からない。もしかしたら乾みたいなとんでもない上司がいるかもしれない。でも、もしかしたら自分に向いている仕事なのかもしれない。だから、取りあえず精いっぱい頑張ってみよう。夜勤をすれば手当がつくらしいし、意外と工場勤務は稼げるみたいだ。工場勤務でいっぱいお金を稼いで、いつか自分も中古車みたいな値段の高級デスクを買ってやろう。

工場の中で汗をかきながら、安藤はそんな決意を固めたのだった。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。