<前編のあらすじ>
大学を卒業して同族経営の高級家具店に入社した安藤は、18年経っても主任どまりで出世とは無縁のままだった。安藤より年齢も社歴も下の乾は創業者の孫というだけであっという間に店長となり、その傲慢な態度に耐えかねた安藤は転職を決意する。

●前編:新卒から18年勤めた会社を退職… 転職のきっかけとなった創業家一族の“あり得ない”一言

新しい会社には居場所がない

安藤は苦しんでいた。いや、苦しんでいたというより後悔していた。認めたくはなかったが、あの高級家具店が恋しい気持ちがあった。たしかに店長の乾は不愉快だったし給料も安かったが、あの会社には安藤の居場所がちゃんとあった。しかし、転職したこの会社では、安藤の居場所はどこにもない。入社して2カ月しかたっていないが、すでに上司には愛想を尽かされたように感じている。

工作機械を売るためには、知識が必要だった。稼働させるにはどれくらいの電力が必要なのか、故障させずに使い続けるにはどうすればいいのか、調整するにはどこをいじればいいのか。そんな知識をしっかりと身につけ、その知識を活用してお客さんに説明しなければ仕事にならない。もちろん、入社したばかりの社員には知識がないので、上司や先輩が丁寧に教えてくれる。しかし、安藤は上司や先輩の話が全く理解できなかった。昔から理系科目が得意ではなく、大学では文学を勉強していた安藤にとって、工作機械というのはあまりにも畑違いな分野だった。

40歳という年齢で新しい仕事にチャレンジする安藤を一人前の営業にするために、上司である営業部長の小川は、仕事の合間を縫って、工作機械についていろいろとレクチャーしてくれた。しかし、安藤は小川が何を伝えたいのか全く分からなかった。1時間以上熱心にレクチャーをしたのに、安藤がその内容をほとんど理解していないと知った時、小川はガクッと肩を落とした。

「これが理解できないって、さすがに厳しいな……」

その時に小川がポツリと言った言葉が耳から離れない。あれ以来、小川が安藤にレクチャーしてくれることはなくなった。その代わり、完成した工作機械をお客さんの会社に届けるような、誰にでもできる簡単な仕事をよく頼まれるようになった。安藤は、自分がこの会社に必要とされていないことをひしひしと感じていた。