<前編のあらすじ>
主婦の恵(38歳)は、近所のスーパーのパートタイマーで得た収入で子供たちに習い事をさせてやりたいと考えていた。しかし夫からは、働いても扶養の範囲内の収入にしてほしいと強く望まれていた。年末になるたびに就業時間の調整を迫られる恵は、その調整の煩わしさにうんざりしていた。
●前編:「働けるのに働けない…」年収の壁に悩むパート主婦の“生きづらさ”に忍びよる影
副店長の悪いうわさ
副店長の猪山については、恵も悪いうわさを聞いていた。そのスーパーで女性のパートがよく辞めているのは、猪山に不倫関係を強要されるためだというのだった。そんなうわさがあるものの、実際に猪山に会って話をすると、とても穏やかで、嫌がる女性を無理やり自分の思い通りにするような男性には見えなかった。ただ、恵は面倒なことに巻き込まれるのは嫌だったので、猪山とは極力接触する機会を避けていた。そのようなパート従業員は恵だけではなかった。しかし、明日から12月が始まろうとしている時、一刻も早く律子に連絡を取ってシフトの調整をお願いしないと、恵の年収は106万円を超えてしまうことは明らかだった。
本当は、直接律子に会ってお願いしたかったのだが、副班長的な立場にある恵と班長の律子がシフトでそろうことは少なかった。先週、たまたま一緒の時があったが、その日は、夕方に保育園から楓が熱を出したと連絡があり、あわててスーパーを出なければならなかったため、律子と話す機会がなかった。いよいよ電話で伝えておかなければと思った時には月末になっていた。月末になってみると途端に、律子と話をするのがおっくうになった。
12月の最初のパートの日、昼の休憩時間に、恵は猪山にパートが終わった後で相談があると話した。その日も、律子とシフトが異なっていたため、恵としては猪山に話すしかないと思った。ところが、その日、またもや保育園から連絡があり、楓の体調が思わしくないので早めに迎えに来てほしいということだった。そのことを猪山に話すと、猪山は恵を保育園に送ると言い出した。相談があるのであれば、車で移動中に聞くというのだ。恵は、楓のことが心配で一刻も早く保育園に行きたかったので、猪山の申し出をありがたく受けた。ただ、保育園までの道のりは車だと10分間程度で、シフトのことを話すまでの時間はなかった。結果的に、猪山は恵の家まで楓を迎えに行った流れでついてきた。