正体をあらわした猪山
その日、楓を寝かしつけた後で、恵は猪山に年収を106万円以内に抑えたいため、12月の出勤日数を減らしたいと相談した。猪山はその願い出を了承し、猪山から律子にシフト調整してもらうように働きかけるという言質を得ることができてホッとした。恵は猪山を玄関まで送りに出た時に、何の拍子だったか猪山の肘が胸に押し付けられたような気がしてハッとした。しかし、猪山が何事もなかったように靴を履いて出ていったので、そのままにした。
翌日になって恵は律子から呼び出された。その日は、出勤の予定ではなかったが、シフト調整の件で話があるから13時ごろに店まで来るようにとのことだった。恵としては、何日も悩んでいたことなので、律子との間で勤務シフトについての話し合いができることは望ましいと思った。そこで着替えて玄関を出てみると、そこに猪山の車が止まっていた。恵は驚いたが、猪山が降りてきて律子から話を聞いて迎えに来たというものだから、いわれるままに車に乗った。
車を走らせながら猪山が言うには、猪山が律子にシフト調整の話を持ち掛けたところ、律子がことのほか怒ってしまって話が前に進まないというのだ。そのため、律子を納得させるには、それ相応の見返りを約束しなければならないという。そして、律子に見返りを与える代わりに、猪山にも何らかの見返りが欲しいというのだった。そんな話をしている間に、車はあるラブホテルの駐車場に滑り込んでいった。車を止めると、猪山はおおいかぶさるようにしてキスしてきた。恵は、猪山のタバコ臭い口臭が耐えられず、吐き気を催しながら満身の力で猪山を跳ねのけた。そうして身体が離れると、恵は手あたり次第にモノを投げつけて猪山を近寄せまいと抵抗した。猪山は恵の余りの抵抗の激しさに度肝を抜かれ、すっかり気持ちが白けてしまったようだった。しきりに、「清水さんは何か勘違いしている」と言い出し、とにかく改めて律子には話をつけるからと言って車を駐車場から出した。