劉成の体調を案じる私たちに今のマンションの購入を勧めたのが、不動産会社の部長職にあった主人の弟だった。

「劉成は東大を受験するんだろう? この新しいタワーマンションなら今の高校も東大もすぐ近くだ。それに、年を取るとこれだけの一軒家を維持していくのはなかなか大変だよ。その点、タワマンならゴミ捨ても楽だし、コンビニやクリニックも入っているから今よりずっと生活もしやすいと思う」

設備の充実したタワマンは市場価格も維持されやすく、一軒家と比べて相続税も大きく抑えられると聞いて、主人も真剣に考え始めたようだった。主人は常々、将来、一人息子の劉成に自分たちの介護や相続のことで負担をかけたくないと話していた。その点は私も全く同感だった。

 

唯一の気がかりがフレディのことだった。マンション内でのペットの飼育が禁止されていたため、フレディを連れていくことはできない。しかし、ママ友でもあった購入先のブリーダーに相談したところ、「そういう事情なら、フレディはうちで引き取る」と言ってくれた。

劉成には事後報告になってしまったが、ひと言、「分かった」と口にしただけだった。

翌年の夏、10歳になっていたフレディを残し、私たち家族は新しいマンションへと移った。

引っ越しの日、別れを察したフレディは劉成のそばを離れようとしなかった。岩のように動かないフレディをやっとのことで引き離し、私たちに促されるようにして車の後部座席に座った劉成は、フレディの姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。

●一人息子への相続を考えてタワーマンションへ引っ越し。しかし想定外の事実が発覚する。後編【息子の“まさかの告白”に絶句…タワマン住人の「相続計画」が打ち砕かれた瞬間】で詳説します。

※この連載はフィクションです。実在の人物や団体とは関係ありません。