外科医・中井恭一の秘密

高層階専用エレベーターを47階で下り、ICカードキーをかざして4717号室の自宅に入る。ふと違和感を覚えたのは、いつもは真っ暗なリビングダイニングに灯りがついていたからだ。セミオーダーした天然オークのテーブルセットに、妻の花林が座っていた。相変わらずの仏頂面だ。

「起きてたのか。明日はオペじゃないの?」

脳神経外科医の花林は毎週水曜日から金曜日は手術の予定が組まれていることが多い。

「いいの。病院は辞めたから」

「は? 辞めた?」

戸惑う俺に、花林は「はい、これ」とA4サイズの封筒を突き出した。

「調査報告書」の文字の下には、見知らぬ探偵社の名前があった。ページをめくると、俺が同じ消化器外科の看護師・加賀詩織の自宅を訪れたり、繁華街で詩織と肩を寄せ合って歩いたりする様子が写真と共に詳細に記してあった。

「花林はとっくに知ってると思ってた」

正直、「何を今さら」という感じだった。バツイチの詩織とは花林と結婚する前からの付き合いだ。お互いの事情を承知した上で、割り切った関係を続けている。

「そ、2人のことは別にどうでもいいんだけど、離婚の理由が欲しかったんだよね」

花林が独特の鼻にかかった声で、けだるそうに言った。