<前編のあらすじ>

小林美智子さんは夫と娘、義父の4人で幸せな生活を送っていた。

しかし事故をきっかけに義父が満足に歩けなくなってしまったことで生活が一変。過酷な自宅介護生活が始まり、さらに義父は認知症まで発症。そんな義父は美智子さんにだんだんとつらく当たるようになっていくが……。

●前編:「私は家政婦じゃない…!」穏やかだった義父が認知症に… 突然始まった在宅介護生活

消えてゆく優しかった義父

義父・一郎の認知症はその後も加速していった。トイレに行き忘れてはお漏らしをし、ささいなことでかんしゃくを起こして大暴れした。家の近所のコンビニで万引をしたと通報があり、パート中の美智子さんが呼び出されたこともあった。

中でも1番つらかったのは、一郎の徘徊(はいかい)が始まってしまったことだったそうだ。

ある日、パートから帰ってくると一郎が家のどこにもいなかった。美智子さんは何時間も町中を走って探し回り、警察にも連絡をした。結局、一郎は近所の公園のブランコでほうけて座っていた。帰り道が分からなくなり、途方に暮れていたのだ。

一郎はそれ以降も足腰の調子がいいとすぐにどこかへ出掛けようとした。

「鏡に映る自分を見たときに、びっくりしたんです。このやつれた顔は誰なんだろうって。そのとき、もう限界なのかもしれないと感じるようになりました」

しかし美智子さんが限界を感じても、介護から解放されることはない。続いていく毎日は美智子さんの精神を極限にまで追い詰めていた。

義父さえいなければ…

眠っている一郎の横で寝室を掃除しているときのことだった。美智子さんの脳裏には、ふとある考えが浮かんだ。

「ここでお義父(とう)さんさえいなくなれば、全てから解放されると思いました。恐ろしいことですが、私の苦労なんて何も知らずに気持ちよさそうに眠っているお義父(とう)さんを見たとき、ふとそんなことを考えてしまったんです」

気がつけば美智子さんは一郎の首に手をかけていた。介護が必要になってから、一郎は痩せてしまった。やせ細り、筋張った首は、美智子さんの懸命にも関わらず至らない介護をとがめているようにさえ思えた。

少しずつ指に力を込め、腕に体重をかけていく。これで解放されると思うと、迷いは生まれなかった。

「『ママ?』と私を呼ぶ声がして、ハッとわれに返りました。振り返ると部屋の扉のところに娘が立っていました」

買い物から帰ってきた娘の香織が美智子さんを呼び止めた。香織は美智子さんへと駆け寄り、眠っている一郎から美智子さんを引き剝がす。膝から力が抜けてしまった美智子さんは床に座り込んだ。美智子さんを抱きしめている娘の腕は優しく温かだった。

美智子さんの目からは涙が溢(あふ)れた。抑えることのできないおえつを漏らしながら、美智子さんは泣きじゃくった。

「すると、もう一つ私の頭をなでる手がありました。私の泣き声で起きてしまったお義父(とう)さんが、私のことを慰めてくれていたのです」

一郎は「お嬢ちゃん、どこか痛いのかい」と、骨ばった手のひらで美智子さんの頭をなでていた。その表情は美智子さんがよく知る優しい一郎そのものだった。