まるで人が変わってしまったかのような義父

あるとき、美智子さんが掃除機をかけていると一郎の寝室から異臭が漂ってきた。掃除機を止めて様子を見に行くと、一郎がベットの横で立ち尽くしている。

「私がさらに近づくと、お義父(とう)さんが来るなと大きな声を出しました。私はお義父(とう)さんが声を荒らげるのを初めて見たので驚きました。お義父(とう)さんは足が不自由なせいでトイレに間に合わなかったんです」

それがきっかけかは分からない。しかしその出来事が一郎のプライドを深く傷つけたことは確かなのだろう。

以来、一郎は美智子さんにちょっとしたことでもつらくあたるようになっていく。

いつもと変わらない味付けの煮物を塩辛くて食べられないと言われ、薄味に気を付けたみそ汁は味がしないと文句をつけられた。

どれもかつて一郎が褒めてくれた料理だった。美智子さんは夜中、食べ残された料理をゴミ箱に捨てながら誰にも見られないよう涙を流したこともあった。

「夜中に大声で呼ばれることも増えました。水を飲ませろ。トイレに行かせろ。部屋が暑い。穏やかだった頃からは想像もつかないお義父(とう)さんの物言いに、ショックを受けました」

美智子さんの心身は少しずつすり減っていった。しかし夫は相変わらず仕事ばかり。家に帰れば疲れているの一点張りで、介護についての相談すらできる状態ではなかった。

義父の介護、仕事ばかりの夫に不満が募るなか、美智子さんをさらにショックな出来事が襲う。

事故をきっかけに一段と老け込み、ふさぎ込んでいた一郎に認知症の症状が出始めたのだ。

「その日は夫が九州に出張していて、私は夜中にお義父(とう)さんに呼び出されました。理由はいつものように、水を飲ませてくれというささいなものでした。けれど、寝室に入った私をお義父(とう)さんは『淑子』と呼んだんです。淑子というのは亡くなったお義母(かあ)さんの名前で……」

ただ名前を間違えただけ。お義父(とう)さんは寝ぼけていただけかもしれない。美智子さんはそう思い込むことにした。しかしこれまで過ごした幸せだった日々の思い出や、自分が抱えていた介護の苦労が塗りつぶされていくような、大きな徒労感を味わった。

●義父の病状と美智子さんの精神状態はどうなっていくのでしょうか? 後編「『義父さえいなければ…』介護で追い詰められた40代女性、そのとき家族は…」にて、詳細をお届けします。

※プライバシー保護のため、内容を一部脚色しています。