文也さん(男性、56歳)は私立大学の教授。社会学の分野である程度名の知られた研究者です。

大学院卒業後、若いころは地方の大学を転々とし、安定したポストが得られず苦労しましたが、15年前にとある地方都市の大学に職を得て、10年前に教授のポストに就きました。

大学院時代の同級生と結婚し、娘と息子にも恵まれました。妻は首都圏の大学で同じく教授をしており、一緒に住んだことはほとんどありません。子どもが小さい頃は毎週妻と子の住む家に帰っていましたが、子どもが独立した後は季節に一度集まる程度です。子ども2人は成人しそれぞれ一人住まいをしています。

とはいえ、妻や子どもとはLINEやインスタグラムで頻繁に連絡をしており、お互いの生活の様子はよく知っています。それぞれに趣味を楽しんでお互いの投稿にコメントすることもしばしばです。一般的ではないかもしれないけれど、自立した個人の集まりで、新しい家族のかたちだと文也さんは誇りに思っています。

父の死――“その日”は突然やってきた

文也さんの父母は文也さんの幼少期から不仲で、文也さんの父親が祖父母の介護のため退職後に地元に帰ったのを機に別居となりました。祖父母はその後亡くなり、父はそのまま生家にとどまっていました。

父本人から1年前にがんがみつかり療養中であることは知らされていたのですが、病院から容体が急変して亡くなったという連絡がありました。

母に連絡すると一切を文也さんに任せるとのことだったので、文也さんは父の地元の葬儀社をインターネットで探し、急いで契約して遺体の引き取りから葬儀の段取りを依頼しました。また、父のきょうだいたちの連絡先を年賀状から見つけて葬儀の連絡をしました。あらためて連絡してみると、父のきょうだいたちも体調が悪かったり、施設に入っていることが分かったりして、実際に葬儀に来るのは1人となりました。子供のころお盆に集まった時に遊んでくれたおじやおばが、葬儀にも来られないくらい高齢になったことを実感して文也さんはさびしさを覚えました。

知らせのあった翌日、なんとか都合をつけて父の生家に行き葬儀をしました。とはいえ、親戚以外に誰に連絡してよいかわからず、結局父の弟と文也さんだけの小さい葬儀となりました。