<前編のあらすじ>
遅れて取った冬休みに、弘子は夫・琢也と息子・俊を連れて義実家への帰省に向かう。スタッドレスタイヤは高額で出番も少ないため購入を見送っていた。雪は降らないという天気予報を信じて出発する。
ところが、雲行きがあやしくなり、先を急ぎたかった弘子はサービスエリアでゆっくり過ごそうとする琢也と俊を急かしながら道中を急ぐことに。
予定より遅れて山道へ入ると、トンネルの先は吹雪に見舞われていた。装備のない車は雪道でスリップを繰り返し、ついに完全に動けなくなってしまった。
●前編【「高いからね」スタッドレスタイヤを見送った判断のツケ…家族3人を乗せた車が雪道で完全に動けなくなるまで】
立ち往生する車内で募る焦り
車は完全に止まっていた。
暖房は入っているはずなのに、足元の冷えだけが抜けない。弘子は手袋の上から指を揉み、フロントガラス越しに広がる白一色を見つめた。動かないと分かっていても、座っているだけで時間が削られていくような焦りが募る。
「車の周り、見てくる」
琢也が車を降りると、冷気が一瞬だけ車内を刺した。すぐに戻ってきた琢也は、運転席側の窓越しに声を張る。
「やっぱ後ろがハマってるみたい。空回りした分、溝が深くなってる」
仕方なく、弘子も外へ出た。
後輪は雪に押さえ込まれ、掻いてもすぐ元に戻る。無駄だと悟り、車体の前方へ回ったとき、俊が助手席に移動しているのに気づいた。身を折り、シートの下を探っている。
「俊、何してるの」
ガラスを叩くと、俊ははっとして振り返った。
「別に、何も」
「運転席の物には触らないで」
「わかってるって」
お菓子でも探しているのだろう。
弘子はそれ以上考えず、周囲をひと通り見回してから車内へ戻った。スマホは圏外のままだ。
「あなたのも繋がらない?」
「繋がらない。だから出発前に、大丈夫かって聞いたのにさ……」
責めだけが残る言い方に、胸が熱くなる。
「あなたも、反対しなかったよね」
「だって、弘子が大丈夫だって言うから」
言い返したい言葉を飲み込む。責任を押し付け合っても、状況は変わらない。
「これからどうする?」
「私だってわからないよ。圏外だし、道具もない」
苛立ちが募る中、ふと気づくと車のなかには俊の姿がない。外から笑い声が聞こえ、窓越しに見ると、俊は車の脇で雪を掴んでは投げ、無邪気に遊んでいた。
「戻りなさい」
「もうちょっとだけ」
琢也は止めない。弘子は目を閉じ、思考が鈍っていくのを感じていた。
そのとき、甲高い声が響いた。
「わっ、すげ……!」
顔を上げると、車の脇が赤く染まっている。白い煙が流れ、空気が一気に凍りついた。
「え、何?」
外へ出ると、俊は赤い筒を手に立ち尽くしていた。発炎筒だ。
「パパ、これ花火? こすったら火ついたんだけど」
「俊、それ……」
「放しなさい!」
弘子は奪い取り、雪に押し付けた。
「ちょ、ママ、何……?」
「これは遊ぶ物じゃない! 何やってるの、あんた!」
「でも……」
「でもじゃない!」
俊は助けを求めるように父親を見上げたが、琢也も今回は庇わなかった。
「俊、車で大人しくしてろ」
煙が弱まる頃、俊は黙って車に戻った。弘子は白い道の先を見つめたまま立ち尽くす。圏外のスマホが、手の中で冷たく重かった。
