温かい食事が呼び起こした後悔

やがて、湯気の立つ茶碗が目の前に置かれた。白いご飯に、鮮やかな緑が混ざっている。ところどころに、ごまの粒が光っていた。

「塩としょうゆだけですけど、ビタミンはちゃんとありますから」

愛美が冗談めかして言う。春貴は箸を持ち、ひと口だけすくって口に運んだ。

その瞬間、蛍光灯のちらつきが蘇った。

狭い食卓。古びたテーブルクロス。給食のパンを半分に切って温めている母の横顔。炊きたてではない、少し冷めたご飯に、大根の葉を混ぜていた手元。「おいしいでしょ?」と笑っていた声まで、はっきり聞こえた気がした。

2口、3口と運ぶうちに、視界の端がじわりと滲んでいく。自分の頬を何かが伝っていることに気づいたときには、もう止めようがなかった。

「無理しなくていいですよ。食べられる分だけで」

向かいから聞こえた愛美の声は、いつもと同じ落ち着いた調子だった。それがかえって、春貴の胸を締め付ける。

「……いや。うまいだけだから」

自分でも情けないと思いながら、なんとか言葉を絞り出す。箸を止めたら、何かが崩れてしまいそうで、春貴はまた一口、口に運んだ。

こんなふうに、誰かが自分のために作ってくれた温かいご飯を食べるのは、いつ以来だろう。稼ぐことしか考えないようにしていた。そうしていれば、あの狭い実家の部屋や、疲れた母の顔や、見送ることもできなかった最期を、思い出さずに済む気がしていた。しかし今、茶碗の中の大根の葉は、どれだけ目をそらしても、過去の自分を連れてくる。それはどうしたって止めようがなかった。

いつの間にか、完食していた。テーブルの上には食べ終えた器と、まだわずかに立ちのぼる湯気だけが残っている。部屋の片隅で冷蔵庫が低く唸り、壁の時計の秒針だけが、静かなリビングに規則正しい音を刻んでいた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。