増えていくエコー写真
日が落ちると、一気に冷え込む工場。回転灯が、暗い天井に橙の光を静かに点滅させている。金属の冷たさがより鋭く、靴底を通して足の裏に伝わってきた。
「ああ寒……」
出産予定日まで、もう1か月を切っていた。
いつもどおり机に座って、いつもどおり伝票を確認する。ただ、引き出しにしまったクリアファイルの中には、最新のエコー写真が1枚増えていた。写真の中、小さな顔の輪郭がはっきりしてきている。ほんの数センチの変化なのに、驚くほど心が騒ぐ。
「あ、また増えてる……」
デスクの上には、従業員たちの気遣いが静かに積もっていた。
春山が置いてくれたカップウォーマー。いつの間にかリンが机の角に巻いてくれた、柔らかいクッション材。木戸が事務所の椅子のキャスターにかぶせてくれた滑り止め。どれも、何も言わずに、ただ自然にそこにあった。
ファイルを引き出しに戻し、そっと閉める。机に手を置いたまま、佐登子はスマホを開いた。心音を確認するアプリを起動すると、かすかに聞こえてくる規則的な鼓動。画面の光が、ゆらゆらと回転灯のリズムと重なっていた。
「お疲れさん」
そのとき、雄大が検査台から戻ってきた。
作業着に油の匂いをまとっている。言葉を交わさず、ただ同じ空間に立っているだけで、2人の間には以前とは違う柔らかな雰囲気があった。
「そろそろ電気、落とすか」
雄大がそう言って、事務所のスイッチに手を伸ばす。佐登子は軽くうなずき、机の上のカップを持って立ち上がった。
灯りが落ち、最後に回転灯の明かりだけが残る。光の輪が、静かに回り続けていた。
「帰ろう」
「うん」
工場の奥から吹いてくる風に、ほんのわずかに乾いた土の匂いが混じっていた。季節はまだ冬のままだが、その向こうで確かに、春は息をひそめて待っている。もうすぐ来るその日を、静かに照らすように、回転灯の光が橙色の輪を描いていた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
