<前編のあらすじ>
夫・雄大と町工場を経営する佐登子。妊娠検査薬で陽性反応があり、結婚15年目で初めての妊娠に、喜びと戸惑いが入り混じる。
その後、産婦人科を受診し、妊娠が確定したが、エコー写真は机の引き出しに隠し、雄大に言えずにいた。
結婚前、公園で泣く子どもを見た雄大が「俺、子どもって嫌いなんだよな」と呟いたことがあった。その言葉が忘れられず、佐登子は結婚後も子どもの話を一切しなかった。佐登子の頭には「中絶するしかない」という考えが浮かんでいた。
●【前編】「子どもは嫌いだから」夫の一言が妻の苦悩に…結婚15年目の妊娠発覚で迫られた究極の選択
発見されたエコー写真
工場の屋根を叩く雨音は、夕方を過ぎても衰える気配を見せなかった。台風崩れの前線が空に長く居座り、窓の外は暗い。水たまりが敷地の端に広がり、側溝から時折ごぼごぼと嫌な音がする。
従業員たちが帰った後、急ぎの出荷に必要な書類をそろえるため、雄大が慌ただしく事務所に入ってきた。伝票に社判を押す段になって、いつもの引き出しに封筒が見当たらず、佐登子が別の棚を探しに立ち上がる。
雄大は何気なく、自分の近くにあった机の引き出しを開けた。するりと滑り出たクリアファイル。その中に挟まれていた写真が、紙と紙の間から机に落ちる。
「あっ、それは……」
拾い上げた雄大の手が止まり、目が写真に釘付けになる。
「……佐登子、これ」
白黒の画面。輪郭のはっきりしない、小さな影。それが何なのか、分からない雄大ではない。
食い入るようにエコー写真を見ている雄大の姿を見て、佐登子は思考が停止した。
説明を、言い訳を、謝罪を。
何を口にすればいいのか分からないまま、ただ立ち尽くす。雄大は写真を見つめたまま、低くつぶやいた。
「……これ、本当に……俺たちに子どもが……?」
問いかける声は不思議と柔らかく響いた。
「今……2か月」
「……すごい。やったな、佐登子。本当に来たんだな」
勢いよく顔を上げた雄大。
その瞳には驚きと、戸惑いと、それから――喜びの色。
佐登子の中で、何かが崩れる音がした。ほっとしたのか、気が抜けたのか、何が何だか自分でもよくわからなかった。
雄大は、拒絶しなかった。むしろ、目元に小さな笑みさえ浮かべている。
そのまま、2人は事務所の机に向かい合って座った。
雨はまだやまない。
換気扇の低い音が、静かな部屋に響いている。
