工場に広がるさりげない気遣い
蒸し暑さが少しずつ和らぎ、朝の空気に乾いた風が混じり始めていた。
工場の裏手に積まれたパレットの木肌が、日に焼けて白くなっている。曖昧な季節の境目が、足元からじわじわと近づいてくる。
健診は事前にスケジュールを調整して、午前休を取る形で通っている。佐登子は変わらず事務所のデスクに座っているが、みんなの視線や気遣いが、少しずつやわらかく変わってきたのを感じていた。
工場では木戸が率先して工程の振り分けを調整していた。荷受けのダンボールが届くと、自ら手袋をはめて一輪車を引き、事務所の入り口まで運んできた。
「こっちは俺がやっとく。無理して動くんじゃないよ」
口調はいつも通りだが、黄色と黒のトラテープを事務所前の段差に貼り直す姿に、遠回しな気遣いが滲んでいた。
春山は伝票を前倒しで処理してくれていた。椅子の背にはクッションが当たり前のように置かれていて、出社すると黙って麦茶を淹れてくれる。
昼休み、味噌の入ったおにぎりを握っていると、リンがすっと手を伸ばして冷たいおしぼりを差し出してくれた。何も言わずに立ち去るかと思いきや、ふと戻ってきて、控えめに口を開いた。
「……レモン、皮」
「うん? レモンの皮?」
「お湯、少し入れる。気分、よくなる、言われてる」
それだけ言って、少しだけ微笑んだ。レモンの香りでつわりの吐き気がマシになる、ということらしい。普段はあまり話さないリンの言葉が、まるで爽やかな南国の風のように佐登子の心に沁みた。「ありがとう」と返した声が、少しだけ鼻にかかった。
誰も大げさなことは言わない。
ただ、見えないところで少しずつ、それぞれの優しさが感じられる。
今まで通りに仕事をしているようで、どこかが少し違っていた。
佐登子は自分だけが変わったと思っていたが、気がつけば、まわりもまた、輪を描くように寄り添い始めていた。
外では風が少し乾いてきていた。工場の排気フードが鳴る音も、どこか軽やかに聞こえる。空気が入れ替わるような気配があった。季節がゆっくりと次の扉を開けようとしているのを、佐登子は感じていた。
