緊迫の搬送
「落ちないように支えてあげてくださいね」
晴美の声に、高田は子どものようにうなずいた。母親を抱く手がわずかに震えているのが見えた。晴美はハザードを点け、静かにアクセルを踏む。タイヤが濡れた舗装を滑るように進むたび、後部座席の母親が小さく呻いた。信号待ちの間、晴美は振り返って彼女に声をかけた。
「大丈夫ですよ。ゆっくり呼吸しましょうね」
母親の胸がかすかに上下する。隣では高田が時折彼女の背中を擦ってやる。そのリズムに合わせるように、晴美は小さく息を吐いた。
「病院、もうすぐですからね」
晴美が言うと、高田は小さく「うん」と答えたきり、沈黙した。
車内に時計の秒針のようなウインカー音が響く。コチ、コチ、と一定の間隔で続く音が、なぜか落ち着きを保ってくれる気がした。病院の入口が見えてきたとき、晴美は軽くブレーキを踏み、入口前の屋根付きの通路に車を寄せた。雨のしずくが屋根からまだ落ちている。
「さあ着きました。ゆっくり降りましょう」
高田はドアを開け、母の肩を支える。晴美も反対側に回り込み、膝を折って体を支えた。3人で足並みを揃えるようにして、建物の中へ入った。
白い照明の下、晴美は息を整えながら、車中で高田からヒアリングした情報を簡潔にまとめた。
倒れた時刻、呼吸の浅さ、顔色の変化——素早く記して看護師に手渡す。言葉を交わす人はほとんどいない。晴美は高田と並んで立ち、母親が白衣の人々の手によって奥へ運ばれていくのを見送った。
そのとき、高田の唇が薄く開き、「母さん」と動いた。
