機転のきいた晴美の行動

晴美は身をかがめて、奥をのぞく。リビングの床に、高田の母親らしき小柄な影が横たわっていた。

「おい、どうした!? 母さん、大丈夫か!?……母さん……!」

「すみません、失礼します!」

そう言うなり、晴美は高田の了承を待たず家の中へ入った。

「大丈夫ですか? 聞こえますか?」

「う……あぁ……」

辛うじて意識はあるようだが、呼びかけても反応は薄い。短く、浅く、間隔が不規則な呼吸。首はやや傾き、胸元が速いペースで上下している。

「救急に連絡しましょう」と言いかけ、晴美は途中で止めた。高田がその場に立ち尽くしたまま、思考停止しているのが分かったからだ。

「高田さん……」

そのとき晴美の頭に浮かんだのは、父を看取ったときの記憶だった。柄にもなく動揺する高田の姿がかつての自分自身に重なった。

「高田さん、私の車で行きましょう。すぐ近くに病院があります。救急を待つより早い」

晴美はそう言い、高田の顔を見る。彼は数秒の沈黙の後、小さくうなずいた。

「……わ、分かった」

「上着と保険証を。急ぎましょう」

晴美は小枝のように軽い母親を抱きかかえるように支え、ゆっくりと玄関へと導いた。高田は上着と書類のようなものを抱えて戻ってきた。3人で、雨上がりの湿った空気の中、玄関を後にした。

「高田さんは、お母さんと後ろに」

言われるがまま車の後部座席に乗り込んだ高田は、母親を自分にもたれかからせた。晴美はタオルを丸めて彼女の背中と座席の隙間に挟み、体が傾かないように支えた。

窓の外では、雨上がりの道がまだ濡れて光っている。晴美は端末を一時停止に切り替え、管制に『緊急対応で離脱』とだけ送った。