数十年ぶりの再会
新幹線と在来線を乗り継ぎ、午後3時を過ぎて病院に着いた。
病室の扉を開けると、規則的な機械音が響く。冷たい空気の中、静雄はベッドに横たわっていた。痩せ細った頬、酸素マスク。たるんだ瞼は閉じられ、顔中に深いしわが刻まれていた。
恵は一定の距離を保ったまま立ち止まる。声をかける理由もなかった。
数十年もの空白が、部屋の空気を丸ごと凍らせていた。思い出すべき過去は、ここにはなかった。
恵は小さく息を吐き、病室を出た。受付に戻り、入院関連の手続きを済ませると、気になっていたアパートの様子を尋ねる。
「おそらく搬送されたときのままかと……鍵は大家さんが預かってくださっていると思いますよ」
「そうですか、ありがとうございます」
その言葉でようやく自分のすべきことが決まった。死亡届だの、遺品整理をするのは恵しかいないのだ。亡くなる前に片付けておいても構わないだろう。
恵は病院を出て、小さい地元のデパートで菓子折りをひとつ買い、静雄の暮らしていたアパートに歩みを進めた。
◇
古びたドアの前に立ち、チャイムを押すと、すぐ内側でスリッパの音がして、扉が開いた。
恵が名乗ると、小柄な大家は甲高い声で挨拶を返した。
「……ほんと急なことで、ねえ。びっくりしましたよ」
彼女は恵が催促するまでもなく、部屋の鍵を差し出した。
「はいこれ、佐藤さんの鍵。一応、火の元と水回りはチェックしたんだけど、他は運ばれたときのままだから」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけして」
恵は紙袋から小さな菓子折りを取り出し、両手で渡した。大家は一瞬言葉を探した後、それを受け取って軽く会釈した。
「2階の一番奥ね」
鍵を回すと、扉の隙間から湿った空気が流れ出た。
