対話を重ねることが重要
「お母さん」
居間に戻ると、桃子は母の前に座り直し、声を落とした。
「もう一度きちんと話そう」
「もう話したでしょ。私にはこれが必要なの」
「うん。だけど、借金のことは……」
「だから、放っておいて!」
2人の間に漂う息苦しい沈黙。桃子は唇を噛み締めた。彼の言う通り、話を聞こうと決めても、口の端から別の言葉が出そうになる。
結局、母娘の会話は平行線のまま、桃子が東京へ帰らなければならない時間となった。
◇
桃子は、婚約者と一緒に小さな相談室の椅子に座っていた。彼からの助言で、カウンセラーに相談してみようということになったのだ。
白い時計が、ゆっくり針を進めている。ティッシュの箱と水の入ったコップ。長い待ち時間の後、桃子はカウンセラーに思いの丈をぶつけた。
桃子は、父の死後に母が心身のバランスを崩していたこと。宗教にのめり込み、多額のお布施をするようになったこと。家じゅうに置かれた水瓶、契約書の束、そして自分の苛立ちを、思いつくままに話した。
だが、話を聞いたカウンセラーが穏やかに口にしたのは、先日彼に電話で諭されたのと同じような内容だった。
「否定や強制ではなく、対話を重ねることが重要」
桃子は「はい」と答え、視線を落とした。
無意識に劇的な何かを期待していたのだろう。当たり前とも言える回答に、落胆する自分がいた。
そんな私の心中を察したのか、彼がそっと手を握って言う。
「桃子、ゆっくり地道にお義母さんと話をするしかないよ。これからは俺も通うからさ、一緒に頑張ろう」
「そうだね」
彼が送ってくれるというのを断って、1人帰路につくと、部屋の中は不気味なほど静かだった。薄いカーテンがふわりと揺れて、遠くでサイレンの音が鳴っていた。