<前編のあらすじ>

結婚の報告をしに実家へ戻った桃子は、母・頼子の祝福に包まれる。だが家のあちこちに同じラベルの瓶や霧吹きが置かれ、台所でも「水」を勧められる違和感が募る。

夕食の席で桃子は意を決し、瓶のマークが新興宗教のものだと告げる。頼子は、父の死後に続く「病院の音」に苦しみ、集まりと水に救いを感じたと打ち明けた。

翌朝、引き出しから現れたのは消費者金融の督促状。お布施のための借金だと知り、桃子は恐れを覚える。黙って見ていろと言う母に、言葉を失う。

●【前編】「お守りみたいなものよ」実家を満たす大量の水…宗教にのめり込む孤独な母と娘に押し寄せる不安

母を救いたい一心で頭を悩ませる桃子

午前の光がテーブルの上の封筒を白く照らしていた。桃子は深呼吸し、椅子を引いた。

「お母さん、これ、返済額がもう限界に近いよ。本当に……もうやめた方がいい」

「何をやめるの。私の祈りを?」

「祈ることを否定したいんじゃない。お金を借りてまでお布施を続けるのを、だよ」

会話はそこで折れて、沈黙だけが残った。冷蔵庫の微かな唸り、霧吹きのノズルが触れる硬い音。

桃子は唇を結び、「少し外で電話してくる」と言って玄関に出た。彼の番号を押すと、すぐに繋がった。

「どうした?」

「聞いて。母が今大変で……宗教に入ってるみたいで、お布施のために借金してるの。やめてって言ったけど、全然聞いてくれなくて、もうどうしたらいいか……」

しばらく黙ったあと、受話口の向こうで彼が静かに言った。

「正面から否定するだけじゃ逆効果かもしれない。まずはお母さんの気持ちを聞いてあげよう」

「頭ではわかってる。けど、怖いの。顔つきも、昨日と違って見えて」

「桃子、落ち着いて。その宗教のことを聞いてみたら? 入った経緯とか、具体的に何が支えになってるのかとか……それか、俺もそっち行こうか?」

「いや……大丈夫、ありがとう。聞いてもらって少し落ち着いた」

通話を切ると、指先がまだ震えていた。言い方を変えれば届くのかもしれない。しかし、封筒の数字がまぶたの裏で黒々と浮かぶ。苛立ちと、心配がせめぎ合って、呼吸が浅くなる。