夫が老人ホーム入居を説得

益実はそれから自分を奮い立たせるようにりつの介護を行っていた。そして清志と話し合いをしてから2週間後、再び老人ホーム入居のための話をすることになる。

清志は机の上に再び、老人ホームのパンフレットを置く。それを見てりつは露骨な嫌悪感をあらわにした。

「何よこれ……⁉ こんなものに私を入れようって言うの⁉」

「母さん、これから一人で暮らすのは大変だろ? だったらこの施設に入った方が安心だと思わないか?」

「嫌よ! 私はこの家で死ぬって決めてるの! そんなところに入るつもりはないわ!」

「母さんのためなんだよ! ここは本当に素晴らしいところだからさ!」

清志が語気を荒げるとさらにりつは激しく抵抗をしてくる。

「清志も落ち着いて。大声出したってどうにもならないでしょ」

益実の助言に清志は頷き、りつに声をかける。

「母さん、この施設に母さんと同世代の人もたくさんいる。お友達もたくさん出来るし、きっと楽しいと思うんだ」

りつはそこで二人を睨みつける。

「そうやって私がいないときにこの家からお金を盗み出すつもりでしょ……⁉」

「そんなことするわけないだろ……」

清志は実の母から疑われていることにショックを受けているようだったが、それでも辛抱強く対話を続けた。りつも怒り続けることに疲れたらしく今度は涙を流して嫌がるようになった。

「私を見捨てるの? もう二度と私と誰も会ってくれなくなるの? そんなの嫌よ。そんなんだかったら死んだ方がマシよ」

辛そうなりつを見て、益実は胸が締め付けられる思いだった。本当に自分が我慢すれば良いのではないかとも思った。しかし清志は泣いてるりつの手を強く握りしめた。

「絶対に母さんに寂しい思いなんてさせない。いつでも母さんに会いに行くよ」

「……嘘よ」

「本当だ。絶対だから」

「……本当に?」

「約束する」

清志はうつろな目をするりつを見つめた。

こうして何とかりつも納得してくれて老人ホームに入ることになった。