過度なプレッシャーをかける佳寿子
「佑輔が野球をするのに私が今までどれだけお金を使ったと思ってるの? 今、ざっと計算しても200万は絶対に使ってるわよ。200万がどれだけ大金か、あなたにも分かるはずよ」
佑輔は俯いて何も言わない。それでも佳寿子は佑輔に厳しい言葉をぶつけた。佑輔の中にあるやる気や根性を呼び起こしてほしかったのだ。
「だったらこんなところで諦めるなんて言っちゃダメ。今、あなたは後れを取っているのかもしれないわ。だったらもっと練習をしないとダメよ。お母さんも高校のときソフトボールをやっていたの。レギュラーになれたのは3年生になってからだったわ。他の人よりも明らかに下手だったけど私は皆よりもたくさん練習をした結果、レギュラーを掴めたの。あなたはどうなの? 努力してる? 皆よりも野球を頑張ってるって言えるの?」
佑輔は力なく首を横に振った。
「だったらまずは努力をしなさい。それでも無理なら諦めれば良いわ。でも今の状態で諦めるのはそれは単なる逃げよ。私はそんなの絶対に許さないからね」
「……分かったよ」
「お母さんもあなたに何でも協力するわ。家でも好きなだけ練習したら良いし、食生活だってあなたのために管理をするから」
佑輔はゆっくり頷き、実際に次の日から家でも自主トレをするようになった。たとえどんなに疲れていても、素振りやランニングに出かけるよう、半ば追い出すように自主トレに励ませた。
佳寿子は佑輔の目つきが変わったように感じていて、すぐには無理でも来年の夏までにはレギュラーを取れるようになるのではないかと満足感を深めた。
厳しい残暑のために、10月になっても最高気温が30度を越えていた。
佳寿子は休日の昼下がり、家で部屋の掃除を行っていた。そんなときに携帯が鳴り響いた。
画面を見ると野球部の監督の番号だった。
その瞬間に何かがあったのだと悟り、慌てて携帯を耳に当てる。
「も、もしもし!」
「あ、佑輔くんのお母さんですか? 実は佑輔くんが練習中に倒れて病院に搬送されたんです」
その言葉を聞いて、佳寿子は心臓を握りしめられたような感覚になる。そしてすぐに顧問から教えてもらった病院へと向かった。
●高校球児の息子・佑輔にさらに練習に励むようにプレッシャーをかけたシングルマザーの佳寿子。しかし佑輔が練習中に搬送されたのをきっかけに、息子の本当の気持ちを知ることになる…… 後編【「ごめん母さん…」レギュラーを目指すはずの息子が涙ながらに病室で語った驚きの本音とは…】にて、詳細をお伝えします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。