息子にとっては義妹が母親代わり

妻の実家は下町で生鮮食料品の製造業を営んでいて、彰乃ちゃんはそこで事務や経理を担当しています。時間の工面がしやすい環境だとはいえ、毎日車を出して夕方には保育園に樹を迎えに行き、我が家に連れ帰って私が帰宅するまで相手をするのは結構な負担ではないかと思います。

それだけでなく、週末にも樹を妻の実家で預かってくれていました。もはや、樹にとっては佳乃ではなく彰乃ちゃんが母親のようなものでした。

「今日は姉がビーフストロガノフを作ったんです。食べますか? 良ければ温めますけど」

佳乃は育児こそNGですが、他の家事は普通にやってくれていました。

気遣う彰乃ちゃんに「遅い時間だし、自分でやるから帰り支度をして」と告げ、樹を寝かしつけようとすると、樹は「彰乃ちゃんと寝る!」と言って聞きません。「任せてください」という彰乃ちゃんの言葉に甘え、先にシャワーを浴びることにしました。

完璧だったはずの妻に生じた予想外の綻び

佳乃とは、ネグレクトの問題について腹を割って話をしました(少なくとも私はそのつもりでした)。樹は不妊治療の末に授かった子供ですが、佳乃は樹を見るとつらかった治療の体験がフラッシュバックし、触れる気にもなれないのだそうです。心療内科の受診を進めましたが、樹のこと以外は特に変わったところもなく、ハードな仕事もこなしているので、強くは出られませんでした。

職場で出会った佳乃のことは、それまで、完璧な女性だと考えていました。思慮深く、常に冷静沈着で取り乱すことがない。仕事の処理能力が高いのに加え、私が決断を迷う局面でも過去の事例やデータを示して背中を押してくれる聡明さがあります。

いずれは独立起業を考えていた私にとって、佳乃は公私ともに理想のパートナーとなるはずでした。しかし、意外なところから綻びが始まったのです。

樹は私にとっても初めての子供で、樹を通して子育てがいかに大変なタスクかを痛感しました。保育園への送迎や弁当作り、知育、食育を余裕でこなす周りの先輩たちが化け物かと思えたくらいです。だからこそ、このハードタスクを佳乃とともに完遂したかったのですが、あっけなく肩透かしを食らった格好です。

毎日通ってくれる彰乃ちゃんには感謝しかありませんが、自宅に“部外者”がいることへの違和感は拭えませんでしたし、佳乃に対しては期待が大きかった分、ネグレクトの一件で自分の中の愛情が冷めていくのを感じていました。

そして、佳乃との結婚生活をリセットすることも考え始めていました。