支え合って歩みだす夫婦
沙織は会社と相談して在宅勤務の日を増やすことにした。
休職中の祐司をサポートするためだ。
リビングにやってきた祐司は、まだ少しぼんやりしているが、顔色は以前よりだいぶいい。在宅時間が増えたことで、沙織自身の生活も充実している。朝から米を研ぎ、出汁を火にかけて作る朝食。湯気がゆっくり立ちのぼり、窓の外では風がカーテンの端を持ち上げる。
「おはよう、祐司」
「おはよ」
午前中のミーティングは音声だけで参加。やり取りが一段落すると、再びキッチンに戻って火加減を弱める。お粥がふつふつと鳴り、味噌汁の鍋で葱が泳ぐ。椀を2つ並べて声をかけた。
「できたよ、祐司。無理しなくていいからね。少しだけでも」
小さく頷き、椀を両手で受ける祐司。湯気に顔を近づけ、一口すすってから、ほっと息をついた。
「……美味い」
「良かった」
祐司は昼寝をしていて昼食を食べないことが多いので、沙織は手早く食事を済ませて、残りの時間は家事に充てている。
夕方、沙織の就業時間が終わると、夕食の準備に取りかかる。
最近は2人でスーパーへ行くこともある。帰り道、空はすぐ暗くなる。街路樹の影が伸び、足音が控えめに響く。
「ただいまぁ」
「……ただいま」
夜の食卓。白い皿に蒸し鶏、きゅうりの和え物、味噌汁。テレビは点けない。箸の音と、冷蔵庫の低い唸りだけが流れる。
話題は今日の天気、ベランダの葉っぱの増え方、近所で見かけた猫のこと。
「あの猫、まん丸で可愛かったな」
「あの子、結構前からいるよね。私たちより、この街長いかも」
「じゃあ先輩だね」
夕食後、皿を下げながら、沙織は遠慮がちに尋ねた。
「明日は私お休みだけど、どうする?」
「うーん、午前は家でゆっくりして、午後ちょっとだけ散歩とか」
「オーケー、無理のない範囲でね」
やがて2人は、どちらからともなくソファーに並んで座り、窓の外を眺めた。遠くで電車が通る音が聞こえ、吹いてくる風がレースのカーテンを揺らす。
沙織は深く息を吸い、明日の献立をぼんやり思い描いた。隣に座る祐司の横顔が、ほんの少しだけ緩んで見えた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。