講師室の時計は午後3時を指していた。しばらくすると小学生たちが次々と塾にやってきて、狭い受付スペースは活気に満ちていく。宿題を片手に抱えた子、友達と笑いながら入ってくる子、少し眠たそうな目をこすりながら教室に向かう子。どれもこの学習塾では見慣れた風景だ。

「岡部! 今日の準備はできてるのか?」

泰司が声を張り上げると、受付の奥で書類を整理していた岡部が、慌てて顔を上げた。

「あっ、はい! でもプリントの印刷がまだで……」

「ったく、そんなもん早めにやっとけって言っただろ!」

岡部はバツが悪そうに頭をかきながら、印刷機へと駆けていった。

そのとき事務室をのぞき込んでいた子どもたちから、「岡センがんばれー」と声がかかった。

「おー、ありがとなー。お前たちもそろそろ教室行けよー」

片手を上げて子どもたちに答える岡部を見て、泰司は大きくため息をついた。あいつは子どもたちにも懐かれているし、決して悪いやつじゃないんだが、何をするにもワンテンポ遅い。塾はテンポが大事だ。特に新学期を目前に控えた春休みのこの時期であれば尚更。

今年で45歳になる泰司は、学習塾の塾長を務めるようになってからもう3年が経つ。入社したときからすれば、子どもたちの様子も親の考え方もがらりと変わったが、泰司は昔ながらの気合と根性を信条とし、「教育とは鍛錬である」と考えている。

もちろん今どきの教育方針に合わせる柔軟性も持っているつもりだが、基本的には現場主義だ。子どもたちの成長を間近で見守りながら、1人ひとりに全力でぶつかることが大事であることに時代の流れは関係ない。

そんな泰司のもとに本社からの通達が届いたのは、今朝のことだった。

「多文化共生教育の一環とした外国人講師雇用の通達」

そう題されたメールを開いたとき、最初は冗談かと思ったが、どうやら本社は本気らしい。

泰司の塾に配属されるのは、フィリピン人の女性講師らしい。外国人講師が英語を教える、というのは珍しい話ではないし、今では小学生から英語を学ぶのもごく当たり前だ。だが、泰司の塾は地域密着型の学習塾で、受験英語を重視しているわけでもない。

面倒くさそうだ、と泰司は思ったが、本社からの通達に口を出すことなど、結局は一介の塾長にすぎない泰司にできるはずもない。