2週間休みたい……?

言わずもがな、4月の塾は戦場だ。

新学期が始まり、新しい生徒が入り、講師たちも慌ただしく授業にあたる。授業の準備、生徒からの相談、保護者対応――目の回るような忙しさのなか、泰司はいつもこの季節は忙しい毎日を乗り切ることだけを考えている。

そんなある日のことだった。

「塾長、少しお時間いいですか?」

授業が終わり、子どもたちが帰ったあとのことだ。アンヘルが控えめに声をかけてきた。

「どうした?」

「4月18日から、2週間お休みいただいていいですか?」

一瞬、言葉の意味を理解できなかった。

「……休み?」

「はい。お休みください」
泰司は思わず眉をひそめた。いや、ひそめずにいられるはずがない。頭の奥が痛くなってくる。

4月中旬からゴールデンウィークにかけての2週間は、新入生の指導が本格化し、授業のペースが決まる重要な時期だ。そこに戦力として計算していたアンヘルがいないとなれば、現場の負担は確実に増すだろう。

「休むって……2週間もか?」

「はい。大切な日ですので」

「アンヘル、今どれだけ忙しい時期か、わかってるよな?」

「わかっています。でも……どうしても休みが必要なんです」

「悪いが、無理だ」

泰司が苦い顔で断ると、アンヘルの顔は絶望と呼ぶしかないような悲痛な表情に染まった。

「でも……私は3月にこの塾に来たとき、本社に言いました」

「俺は聞いてないぞ」

「本社からは配属後に塾長と相談するように言われました。だから、私、お休みお願いしています」

泰司は苛立ちを隠せなかった。いくら事前に伝えていたと言われても、ある一定期間の個人的な休みを確約する労働契約なんてものは存在しない。加えて、働き始めたばかりのアンヘルにはまだ有給などもない。こんなわがままが通る道理がなかった。
「アンヘル、ここは日本の塾だ。年度初めに長期休暇を取るのは厳しい。どうしても休む必要があるなら、もう少し時期をずらせないか?」

「それはできません」

アンヘルは頑なだった。

「……すまんが、無理なものは無理だ」

それ以外、言う言葉はない。

アンヘルはしばらく泰司を見つめていたが、やがて小さく息をつき、「わかりました」とだけ言って、静かに部屋を出ていった。

多少強引だったが納得してくれたのだろうと思っていた。しかし数日後、本社から連絡が入ったことで事態は一転する。

「アンヘルさんからパワハラされたという訴えがありました」

泰司は電話を握ったまま、言葉を失った。

●一堂に会し話し合いの場が設けられる。アンヘルには4月中旬からの2週間、どうしても休みたいフィリピン人ならではの理由があった。一方でアンヘルに抜けられては現場がままならないと、泰司も譲らない。対話は平行線をたどるなか、思わぬ救いの手が差し伸べられる。後編:【「4月は日本の繁忙期」「イースターはフィリピンでは大事な休日」学習塾で起こった異文化衝突を一気に解決した「つるの一声」】にて詳細をお届けする。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。