既読すらつかない緊急事態
知らない番号からの着信……少し間を置いて出ると、相手は祐司の会社の総務部を名乗った。そして、あくまで事務的に言った。
「矢田祐司さんの奥さまでしょうか? ご主人、今日は出社されていないんですが、どうされました?」
「え?」
沙織は思わず立ち上がった。
「えっと、主人は出社してないんですか? あの、連絡とかは……?」
「特に休暇申請は入っておりません。矢田さんの所属部署からも本人に連絡しておりますが、まだ繋がらないようでして……念のため奥さまに確認の連絡をさせていただきました」
「……わかりました。お知らせいただきありがとうございます。こちらからも本人に連絡してみます。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
通話が切れると、部屋が急に広くなったように感じられた。
エアコンの風の音だけがやけに大きく響く。沙織はすぐに祐司へ電話をかけた。永遠と思えるような長い時間コール音が鳴り響き、やがて留守番電話に繋がった。
2度、3度かけるが結果は同じ。
指先が冷たくなる。
「祐司……何やってんの」
今度は震える指でメッセージを打った。
「さっき会社から電話があったよ。今どこ?」
「大丈夫? 体調悪いの?」
「お願い、読んだら返事して」
立て続けにメッセージを送ってみるが、トーク画面の下に小さく「送信済み」と出るだけで、既読は一向につかない。
「まさか家にいる……わけないよね」
スマホを持ったまま、うろうろと家の中を一巡り。
リビングのソファには昨夜の薄手のブランケットが無造作にかかっている。枕元にある読みかけの文庫本。テーブルの上のコップには、輪っかの水滴の跡が乾いて白く縁取られていた。寝室のベッドは軽く整っていて、当然ながら戻ってきた気配はない。クローゼットを開けると、いつもの通勤鞄が見当たらない。玄関のスニーカーもない。
「ってことは……出かけたのは間違いない、か」
その時PCの通知が会議の時間を告げる。
マイクをミュートにして出席はするが、画面の中の声は遠く、資料の文字は目の前を流れていくばかり。合間にこっそりスマホを見ては、トーク画面を更新する。
やはり折り返しの電話はなく、既読もつかない。
「ああっ! もうダメ! これ以上待てない!」
沙織は、勢いよくPCを閉じて、玄関へ駆けだした。靴を履きながら、スマホで上司に休暇申請を送る。スマホと鍵だけを掴み、玄関を飛び出すと、湿気のある風が頬にぶつかった。
●休暇あけから元気のなかった夫・祐司が失踪し、愕然とする沙織。家を飛び出し、捜索した末に見つけた夫の姿とは…… 後編【「全然気づけなかった」突然の無断欠勤で失踪した夫…理由を知った妻の深い後悔と夫婦の新たな絆】にて、詳細をお伝えします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。