異変を軽く受け流してしまった沙織
「ふう……ただいまぁ」
夜、疲れ切って帰宅すると、先に仕事から帰っていた祐司がリビングのソファに横になっていた。テレビも点いておらず、エアコンの風の音だけが規則的に鳴っている。
「あれ、祐司まだ体調悪いの? 夕飯どうする?」
「う……ん、いらないかも。あまりお腹の調子が良くなくて……」
「そっか。そしたら無理しないで、今日は早く休みなよ」
週末になっても、祐司の調子は戻らなかった。
ソファに横たわっている祐司の枕元には読みかけの本があり、テーブルに置きっぱなしにされたグラスが汗をかいている。
「ねえねえ、甘いものでも食べに行く?」
「うーん、今日はいいや」
「じゃあ散歩は? ちょっとくらい外出た方が気持ちいいよ」
「いや……今は、いい」
短い返事の間に、影が差す祐司。
「元気ないね」
「うん。ちょっと」
「やっぱり夏バテ、かもね」
と沙織はもう一度、軽く言ってみた。
「うん、そうかも」
「もう、だらしないなぁ。体力ないんだから」
「はは」
祐司の形だけの笑みが浮かんで、すぐに消えた。
その時に感じた言いようのない不安をかき消すように、沙織はテキパキと食器を片づけ、明日の服をハンガーに掛け、パソコンを開いてスケジュールを確認した。
◇
沙織はお気に入りのマグにコーヒーを注ぎ、リビングでPCを開いた。
久しぶりの在宅勤務で、スケジュールにも比較的余裕がある日だった。連休明けから忙殺されていた分、自然と心が休まる。
気が緩むと、ふと祐司のことが頭に浮かんだ。今朝も元気がなく、「いってきます」も聞こえないほどだった。
「大丈夫かなぁ」
すると、しばらくして知らない番号から着信があった。