仕事やプライベートの話を避ける彼
高級店とは言えないが、店の雰囲気も味もよく、たまに佳織たちと利用しているお店だった。
悟も運ばれてきた料理をおいしそうに食べてくれたので美弥子は胸をなで下ろす。
「やっぱりこういう店はいいですね。何だか昔を思い出すというか、懐かしい気持ちになりますね」
「そうなんですね。悟さんって普段はどんなところで食事をされてるんですか?」
悟は少し目線を下げて恥ずかしそうに答える。
「昔からの知り合いの店ばかりですね。新しい店に入って失敗をしたくないっていうのもありますし、急に予約しても入れてくれるので。会員制の店だとサービスも一流ですし、顔なじみばかりでストレスもないですから。いやぁ、良くないですねぇ」
「そんなことないですよ」
美弥子は笑って否定をする。
「いやいや、だからたまにはこうやって新規開拓というか、こういう機会があるのはありがたいですね」
「でもお仕事が大変じゃないですか。会社経営をされているんですよね? そういう環境で仕事をしてるのであれば、食事くらい居心地の良いところってなるのは当然ですよ」
美弥子は悟のことをフォローする。しかしその瞬間、悟の表情がわずかに曇る。
「ま、まあそうですね」
「そういえば、悟さんの会社ってどんな会社なんですか?」
美弥子が単なる好奇心を持って質問すると、悟は苦笑いを浮かべた。
「……できれば食事中は仕事のことは忘れたいですね。いつも本当に大変なので。こんなときくらいは仕事のことはナシで話はできませんか?」
しまったと思い、美弥子はすぐに謝る。
「ごめんなさい。ぶしつけでしたね……」
「いえいえ、良いんですよ。分かってもらえてうれしいです」
そこからは仕事の話題は避けながら楽しく食事をし、2件目にはたまたま見つけたバーに立ち寄ってお酒を飲んだ。
帰り際、改札口で悟が美弥子に声をかける。
「今日は本当に楽しかったです。また今度お会いできますか?」
「もちろん」
美弥子が答えると悟は満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ、次もお店を選んでおいてもらってもいいですか? 美弥子さんのセンスはとても素晴らしいから信頼できます」
「……あ、また、私が……?」
「お願いします。じゃあ、俺はこっちなので」
そう言って悟はそそくさと去って行った。