認知症の疑い…1人で住まわせるのは心配だが
「今朝ね、家の前を散歩してたら犬を散歩してる人がいてね。挨拶くらいしかしたことないんだけど、あの人ね、犬を飼っててその犬っていつも人に吠えるのよ。もうちょっとしつけをちゃんとしてほしいんだけど」
斜め前に座っていた百合子は君枝を見つめる。
「お母さん、それさっきも言ってたよ」
「え? そうだったかしら?」
「そうだよ」
百合子の指摘に君枝はきょとんとしている。本当に覚えてないようだった。
ここ最近、こんなことが多くある。徐々に君枝は認知症を発症しているのではないかと思うようになった。今はまだ症状がそこまで大きくないが、これから時間が経つにつれてどんどん悪化していくとなると1人で住まわせておくのは不安だった。
「ねえ、お母さん、老人ホームに入るってのはどう?」
「……え?」
「これからやっぱりプロが近くにいて介護をできるようにしたほうがいいと思うの。私も言っても素人だし全然できないこともあるしさ」
百合子はずっと君枝を老人ホームに入れることを考えていた。費用はかかるが、出せない金額ではなかったし、夫から了承も得ている。
しかし君枝は暗い顔をした。
「……もう会いに来てくれないの?」
「え、いや、そうじゃないよ。老人ホームだって面会とか、いくらでも会いに行けるよ。でもプロがついてたほうが安心かなと思って」
「……やっぱり私の世話は大変なの?」
誤解をしてると気づき、百合子は慌てて訂正する。
「違う違う、私じゃ力不足だって言ってるのよ。お母さんのためにはプロがいないとダメだからどうって話をしてるの。大変だなんてこれっぽっちも思ってないって」
しかし君枝は目頭を手で押さえて泣き出してしまった。
「嫌よ、嫌。私を一人にしないでよ。寂しいよ。なんで私を一人にするのよ」
まるで子供が駄々をこねているように君枝は泣いていた。百合子はその場に立ち尽くし、もう何も言うことができなかった。