夫につきつけた「最後の問い」

残業を終えて帰ってきた栄志が晩酌を始め、落ち着いたタイミングを見計らい、美紀子は話しかけた。

「ねえ、総務の山田さんいたでしょ? 新しく車買ったんだって」

「……総務に山田なんていたっけ?」

栄志が首をかしげるのも当然で、総務にそんな人間はいない。もちろん新しく車を買った人がいるのかどうかも、美紀子は知らない。全部適当なうそだった。

「ボーナスなかったのに、すごいよね。うちもそろそろ替え時かな」

「なにそれ、嫌み? ボーナスの話はもう終わりだって言っただろ。しつこいな」

夫の表情が引きつる。言葉の外で、お互いがお互いの腹の内を探りあっているようだった。

「本当になかったの?」

「は?」

「ボーナス、本当になかったの?」

「そう言っただろ。出なかったものはない。その山田さんだって、たまたまタイミングが重なっただけで、ずっと貯金とかしてたんじゃないの」

夫の視線がかすかに泳いだように見えるのは、きっと本当はボーナスが出たことを知っているからだろう。美紀子は再び訪れた失望を隠すように、顔に笑顔を貼り付けた。

「そっか。そうだよね。変なこと聞いてごめん」

美紀子の笑顔の裏側にある失望が決意へと変わっていくことを、きっと栄志は知らないのだろう。